「うわっ!くそっ!寒ィ!」

1月という季節に似つかわしくない半袖のシャツ、そこから大きく露出した二の腕をさすりながら俺は誰にともなく大声で叫んだ。

背後ではホテルのドアマン、客待ちのタクシー運ちゃんが怪訝そうにこちらを眺めている。

寒いのは当たり前だ。だって一月なのだから、しかも初旬の。

雨が夜更け過ぎに雪へと変わるあの日から実にまだ2週間も経ってはいないのだから。

そんな中で薄手の、しかも袖丈をあえて通常よりも短めにすることで腕を長く見せて、うお、手足長え!シビれるぅ!アコガレるぅ!と見えるような誘導的なカッティングが施されたゲイ御用達のTシャツを着ている俺は別に日常のクソ仕事に疲れてしまって、そういう行動をとることで世間に対してのレジストを行う狂った自分に酔っているわけではない。

実はここはタイなんですよ。

バンコクにいるのです。

当然の期待値によって、私は半袖を着用してきたのです。なのになに?この9月末の気候。汗かっきの自分が汗ひとつかきゃしねえ!

「こうなってくると、俺のカッコは正解だよな」

今回の旅の相棒であるサミー・マーがにやりと笑った。

そしてタイの大地に似つかわしくないラムレザーブルゾンの裾をたなびかせて、

スキニージーンズのぴっちりしたケツをプリプリと左右に揺らめかせながら、彼方に輝くネオンを目指してラチャダービセーク通りをゆっくりと北上していった。

 寒いタイ、革ジャン、サミーのプリプリのケツ・・。

すべてが不調和な感じがしてならなかった。

 

あれから、という言葉で済ますには時が経ちすぎている気がするので、改めて説明したいと思う。

2005年の2月。

忘れもしない、我がバンドである「難民」がベースとキーボードを迎え現在に至る完全な形となり半年、初めてのタイツアーを敢行した月である。

難民の母体となる「uprising」を結成した朽犬。

バイトとニートのツービートを繰り返し、ちょうどその時は裏の拍、つまりニートだった八雲。

「微生物」という印象しかなかったママっ子テケレツ。

できそうな顔をしているがその実たるや天然のアホである、ホーキング博士の対極に位置するタグッツォ。

田嶋陽子のヒステリーを常駐させる時限型クレイモア、パクチィ。

そして俺。

 はっきし言ってメンバー総員が身体の部位をひとつも欠損することなく帰国できたのは奇跡としか言いようがない、

それほどのハプニングと橋田寿賀子が関与したような素敵な人間模様が繰り広げられた壮絶な旅だった。

 現地で2〜3度バンド解散の危機に直面するような衝突を向かえ、その都度酒をのませたり、

ボブマーリーが大好きで大好きでたまらなかったあんまり大きな声で言えない飼葉を与えたり、ショウバーでTバックの姉ちゃんのケツを眺めさせたり、

焼き鳥を食わせたり、タイパンツを値切ったりして、今そこにある問題や争いから目線をそらさせることに成功。結果今日までバンドは存続している。

しかしこうした目先の快楽による、いわゆる餌で釣るやり方というのは単純な動物、

もしくは子供には大変効果的だが、ひとたび自我の目覚めた大人にはかえって自意識に差し障り、「馬鹿にするな!こんなもん!」と、逆効果を生むケースが多いと聞くが、そこは学区内でも下から数えたほうが早いような都立、市立高校卒業者が多い難民のこと、道端のババアが焼いていたどこの部位の、いやさ何の肉かもわからねえ串焼きを数本土産に持っていっただけで目を潤ませて、今まさにあなたの口づけによって永い眠りから目が覚めました、といった表情で「ありがとう・・」とお礼を言われ、先ほどのギスギスは胡散霧消といったことが幾度となくあった。まったく素敵な奴らだ。ナイスガイだ。

 その後、タイとは俺たちにとっては特別な場所となり今日に至るが、再来を誓ってから4年、個人渡航は幾度かあったが、メンバーの誰とも、一度も、誓いはかなえられないままでいた。

そんなある日、某格安航空券サイトをみてひとつの商品が目に留まった。

安いな、と思った。

45千円なのだ。

 今日、「冗談のつもりでいったらあいつらマジで払いくさった!こりゃこのまま負担させ続けようや!」という航空会社全社一致の方針により、燃油サーチャージという悪しき風習が生まれ、我々は飛行機に乗るにつけその燃料を負担せざるを得なくなった。これはつまり、農家の人の下肥を、風俗嬢のぺぺローションの代金を、バンドマンのライブ後の打ち上げの宴会費をそれぞれの価格に加算していることと同義で、本来となれば即刻デモンストレーションをおこして、かつての公民権運動よろしく、「俺たちは飛行機にはのらねえ!リンカーン万歳!」と団結しなけりゃならない事態なのだが、とはいえ私用、公用に限らず海外に行くには飛行機が一番早くて便利なものだから、現在までにそういう活動は行われず、実際原油価格の高騰が終わり、以前よりも安くなった今でさえも航空会社はそのボルドー色のクリトリスをぷっくらと膨らませながらサーチャージを撤回せずほくそえんでいるのが実情だ。

 そんな中で、燃油代、ホテル代込みで三泊四日で45千円也。そして何よりホテルの位置が繁華街のど真ん中という立地条件、いや、もう正直に言おう、ソープのまん前。つまりラチャダービセークにあるというのだ!

 俺は脊椎反射で受話器をとって旅行会社へ電話をかけていた。

 新しい旅の始まり、それは予感を超えて確信へと変わっていった。