去年の話をしよう。


俺、朽犬、パクチィの高校同級生組が初めて三人でタイを訪れたと言う話は前にも書いたかと思う。


紆余曲折あった道中の最終日、示し合わせたかのように俺たちの頭には一つの言葉が浮かんだ。


風俗。


思い立つが早いか、俺たちは行動に移していた。

まるで今日起こったことがデジャブかのように、去年も同じ時間同じ場所から俺たちはタクシーを拾った。

その日は運も味方してか、そこまでの渋滞にもはまらずアソークまではたどり着けた。


しかしそこからが苦難の道のりだった。


方角は確かに正しいはずなのだが、行けども行けども全くエロ店が見当たらないのだ。

暑くて疲れてくるとすぐにイライラする俺たちは、これ以上の徒歩での散策は得策ではないと感じ、仕方なくもう一度タクシーを捕まえた。


さて、ここで懸命な読者の方はこぞってこう言うだろう。


「何で最初からタクシーで目的地(ポセイドン)まで乗らないの?」と。


ここがタイの恐ろしいところで落とし穴な訳だ。


タクシーにのって「○○まで」と言うのは確かに当たり前だ。しかしその目的地がことエロ店になると話は大きく変わってくる。

と言うのは、ドライバーは皆それぞれの提携店を持っていて、客をその店に案内することで幾ばくかのリベートを受け取っているのだ。


だから素人の俺たちがオドオドとタクシーに乗り込んで、どこで聞きかじって来たのかポセイドンなどの有名店を挙げようものなら、当然カモがダシはった鍋とネギを背負って歩いているようなもので、即座にボッタクリ店まで直行され、おまけヘタをしたら土産物屋まで覗かされるだろう。時間も金も精神力も余計にかかる事になる。


そんなわけであえてエロ店の名は挙げずに、その近場まで乗り継いだ後は徒歩で店を目指すのが得策だと言う判断のもと、今回のようなタクシーの利用の仕方と相成った訳だ。


結局タクシーにのってポセイドンと言うのなら、最初乗った時から言えばよかったのに。

確かにそう言うあんたは正しい。しかし、ここアソークからポセイドンはどう言ったっておそらくワンメーター程度の距離。

方角もなんとなく分かってるから別の店に連れて行ったり騙したりできる筈はない。カオサンから乗るのとは全然違うの・・ホント・・自己肯定じゃないのよ?


客待ちしているタクシーは危ないと相場が決まっているので、流しのタクシーを手を上げて停めて、咳払いをしてから力強く言い放った。


「ポセイドン!」


運ちゃんは少しニヤッとしたような口元を浮かべ、アクセルを踏んだ。何かイヤな予感がしたが、俺は深く考えないようにした。


異変はものの五分もしないうちに気付いた。


直進のみのはずの道順に、なぜか急に左折が入った。朽犬が即座に突っ込むと


「チカミチ・・チカミチナノ・・マカセテ・・」


たどたどしいタイ語と英語でガキのような言い訳を始めた。


まさか、と思ったが、タクシーの中は奴のテリトリーだ。

下手に騒いで空気を悪くするよりも、ここは一つこいつを信用してみるとするか。皆がそう思ったのか誰一人それ以上は騒ぎ立てなかった。


しかしそれが甘かったのだ。このクソはさっきから散々同じところをグルグル回ってメータを稼いでいるだけなのだ!


「おい・・何してんださっきから・・」


少しキレかけた俺が問い詰めると、運転手はいけしゃあしゃあと


「何イッテルネ?ココ、初メテ来タトコロ!モウスグ着クカラ我慢ヨ!フフ・・ス・ケ・ベ・・」

「お前な・・ウソならもうちょっと上手くつけよ・・あのデカいマクドナルドの看板の下を3回も4回も通り過ぎたら、3歳のガキだって道を覚えるぞ!!いい加減に・・」

俺が吐く苦言もそこそこに、運転手はちょっとふてくされた顔をすると今まで繰り返してきた右折を止め、実はこっちだったとでも言いたげに今度は左折をした。


険悪になりかけてきた車内の空気、永遠に続くかと思われる無言。しばらくして運転手が自らその沈黙を破った。


「ツイタ」


脳に重大な損傷を負って、ここ一ヶ月ケツを拭き忘れた男のこ汚いアナルをそのまま建築したような建物、その入り口には屈強そうな夜の男といかにも安物、といった女が亡者のように手招きをしている!


「・・どうした?お前の自宅か・・ここはよ・・」

「・・ポセイドン・・」

「コイてんじゃねえよ!!看板に思いっきりニューバンコクって書いてあるじゃねえか!お前アレか、字が読めねえってか?それとも帰巣本能かこのビチグソ野郎!」


「ドコモイッショ!ココモポセイドンモイッショ!イッショオマンコ!」

「じゃあテメエは明日からイヌかロバとやりな!・・おい何マヌケ面でぼーっとしてやがるんだ!?さっさとその真っ黒いクソ足でアクセル踏めよ!」


呉越同舟、完全に臨戦状態の車内。ブッシュとジョンイルが一緒にドライブをしているような緊張感がヒリヒリと漂う。

もっともこの場合、ハンドルを握っているのはジョンイルの方だが・・。


「もうさ、疲れちゃったから先の店でもよかったかね?」


朽犬が吐き捨てるように言う。気持ちは分かる。もう女とイチャつくとかそんなテンションじゃなくなって来ているのは確かだ。


「でも見たろお前も?怪しさのエッセンスだけを抽出したようなあの店構えを。これこそキング・オブ・ボッタクリみたいなさ・・」

 

「まあ、な。酷かったぜお前が車出せって言った時のあいつらの顔。店から飛び出して来てすんげえ勢いで手招きしてる奴とか居たからな・・」


「おいてけ堀じゃあるまいし・・いくらなんでもそんなところでチンポが勃つかよ・・」


日本語での俺たちの会話が、悪口を言ってるんじゃないかと気にしてるのか、チラチラと俺の顔を見る運ちゃん。俺は少し可哀相になって、優しくたしなめた。


「要は一刻も早く俺の希望するエロい店につれてけば良いんだお前は。しかも早ければ早いほど良いぞ?お前の為にも、俺たちの為にもな・・。」


こんな状況で、一回騙されて、まだポセイドンに行く気か。そんな驚きの表情が後部座席の二人から見ずとも感じ取れた。


しかし運転手が俺に返した言葉は驚くべきものだった!


 「マア・・ソノマエニ・・オミヤゲデモ・・ミニイコウカ・・?」

 「・・このド低脳が!いい加減にブッ殺すぞ!」


そう言いかけた瞬間だった!


ドガッ!!!!っという物凄い音が車内に響いた!一瞬このカスが人でも轢いたのかと思ってケツが冷たくなった。


しかしその音の正体はパクチィだった!


繰り返される不義理と不条理、ヘラヘラと反省のない運転手にあの温厚なパクチィがサラリーマン金太郎、もしくはヴァニラ・アイスばりにブチ切れたのだ!


そのメタル上がりの高速バスドラムで鍛えた屈強な右足で、運転席を後ろから思いっきり蹴り上げたのだった。


原爆ドームの前ではだしのゲンを焚き火にくべながら笑顔でバーベキューが出来るくらい空気の読めない運ちゃんも、これにはさすがにビビった様で思わず車を停めてしまった。


何を怒ってるんだ!蹴るなんて酷いじゃないか!


そんなようなニュアンスのタイ語をわめいているようだったが、俺たちは全く相手にもせず、一言、


 「金は払わねえからな」


とだけ言って当然のように下車した。後ろからわめき声が少しの間続いた。


結局その日は疲れ果てて宿に帰った。だけども俺は満足だった。

いつもエロいことには一歩置くクールガイ・パクチィも、その気になったときにじらされたら思わず椅子を蹴り上げる。なるほど、お前セックスはじらされるのが嫌いなんだな・・。


女性の皆さんご用心ですよ?彼をその気にさせたらどうかじらさずコンパスみたいにパカパカ足を開いてあげてください。

万が一じらして殴られても責任取れないし、法廷の被告席に悔恨の表情で立つ友人を見るのはなんとも切ないですから・・。