タイの繁華街は国籍を問わず不良が集まる。無論自国のタイ人も、観光客相手にカモろうとする露天商を始め、屋台を出すもの、金持ち男を引っ掛けようとする女、

その闇にまぎれてコバンザメのように男を引っ掛けようとするオカマ・・実に様々である。


今、俺たちの目の前に聳え立つ、ネオン輝く三階建ての雑居ビル。ナナプラザと呼ばれるセクキャバビルだ。

ビル全体がエロい姉ちゃんで埋め尽くされているこのエルドラドは、ワンフロアに5〜6店、全体では20に及ぶ店舗を抱えている。


初めて目にするタグッツォは、先ほどからシスティナ大聖堂の天井画を眺めるかのように口をぽかんと開けて虚空を眺めている。


「おい!しっかりしろ!これはユネスコ認定の世界遺産じゃねえ!OPPAI見るんだろ!?」


ハッ!っという表現どおりに正気に返るタグー、途端に体を震わせて恐しいを連発。


「だめだ・・なんか気おされる。とてもこのクズ白人どもみたいに下世話に楽しめそうもない・・」

「バカ野郎!そんなおセンチな事ばっか言ってるからお前はタマキンが上等なトリュフみたいに真っ黒なんだよ!旅の恥はあのタイ女のスミレ色したアヌスに突っ込んでやれ!」


まるで自分に言い聞かすかのように俺は叱咤した。タグッツォが気後れするのも無理はない。

音割れの激しい下品なトランスミュージックが当たり構わず垂れ流され、一寸先は闇、といった佇まいの薄暗い店舗が軒並み並ぶ。

油断したら俺もその場にへたり込んでしまいそうだった。


萎える心を奮い立たせて、俺たちは二階の角にある「レインボー2」という店へ足を運んだ。


このレインボー系列の店は優良店でカワイイ子も多いと調べがついていた。というのも、去年一度ここを訪れたことがあるのだ。


その日、朽犬と俺は朝からネットカフェに篭りきりだった。理由はもちろん、安全で楽しめるエロい店を探すためだ。

日本のマンガ喫茶のようにパーテションも個室もないネット環境なので

店の奴をはじめ、隣の客、待ってる奴らみんなの薄ら笑いと共にエロページを検索しまくっているところを眺められるわけだが、

そんなことぐらいで俺たちの若き血潮を止められるわけがなかった。


程なくして俺たちはレインボー系列の店、それも2号店がアツいと言うことを調べ上げ、その夜に訪れる事を決めていた。


前日にソイ・カウボーイでひと遊びしていた俺と朽犬は、少し勝手を知った事もあり、割とリラックスして入店したことを覚えている。


だが、目に飛び込んだ光景を見て俺たちの心は一気に湧き上がった!中央のお立ち台で踊っている女がソイ・カウボーイとは比べ物にならないくらいカワイイのだ!


「なーるほど・・アッチは巣鴨でコッチは歌舞伎町・・ってか?あのツーケ!たまりませんな・・」


朽犬がずるりと舌をなめずる。しばらく見たことのなかったいい顔だった。


奥に通されソファに腰を掛けるとボーイが、好きな女を呼べと言うので、照れながらもお立ち台に視線をやると、なるほど、様々な女がいるもんだ。

激しく腰を振って毛穴一杯にむせ返るほどセックスアピールを撒き散らす奴もいれば、恥ずかしそうにモジモジと体を揺らす素人キャラもいる。


そんな中、俺の目を引いた女がいた。


今日から働き始め、といった腰つきで恥ずかしそうに踊るショートカットのその子は、広末涼子と遠藤久美子を足したような顔つきのスレンダーな美女だった。


「あの子をここに!」


思うが早いかツバをバンバン飛ばしながら俺はボーイにそう伝えた。


クーラーの効いた店内では、ビキニの水着は寒いらしく薄いタオルを羽織ってその女は俺の横に腰をかけた。

無論話す事など余りないのだが、何とか知りえた情報によると彼女はイサーンというタイの東北(美女多し)から来たらしく、まだ二ヶ月もたっていないと言う。

その初々しさ、素朴さに俺の心はやられっぱなしだった。


しかししばらく時間が経つと、お決まりの


「・・ソト・・イク・・セックス?」


と言う文句を問いかけてきた。

やりたい。


こんなカワイイ子とおセックスできるチャンスはもう生涯ないかもしれない。この子も金を欲しがっている。買ってやるのがこの子への誠意だ。そうだ!誰が困るってんだよ!


でも出来ない。

とてもじゃない。

なんだかそれをしてはいけない気がする。


結局俺は謝った。買うことは出来ない、でも俺は君と一緒にいてられよかった。楽しかった。

どうかこの先、辛いことがあっても負けないでくれ。純朴さを失わないでくれ。これは俺からの気持ちだ。


そういって俺はチップと言うには多すぎるくらいの金を取り出して彼女に渡そうとした。すると彼女は少し戸惑った表情をすぐに笑顔に戻し、やおらブラジャーをずり下げて


「ここに突っ込んで頂戴!」


と俺の手をコリッコリの乳首へと誘った!アレッ!?清純派!?


所詮はプロよ、と淡い恋心をビッグバン・ベイダーのベイダークラッシュで粉々にされた様な心持ちで、結局その日は失意の中帰途に着いた。 


あれから一年、あの子はまだ働いているのだろうか。もし働いているとしたら・・きっと何人もの男に抱かれてすっかりプロに変わっているのだろうか?

あの素朴そうに見えた面持ちの彼女をどうか失わないでいて欲しい、この期に及んでまだそう願っている自分に気付いた。


入り口をくぐり暗い店内に足を踏み入れると、去年同様、目の前にお立ち台が飛び込んできた・・が・・あれっ?ヘンだ。


去年女の子で溢れかえっていたお立ち台には、売れ残り、といった不細工2〜3人しか踊っていないのだ。どーなってんの?


それでもあの子は?と探す俺の肩を朽犬が叩いた。


「なあ、あれ、去年お前が惚れた女じゃねえの?」

指差すほうに目をやると、確かにあの子がいた!あの子が・・汚ねえ白人のオヤジとブッチュ〜とディープキスをしながら一緒に踊っていた!オメデトヲ・・プロに・・なったね・・。


すっかり興そがれたが、入店した手前すぐに出るわけにも行かずビールを注文して適当に時間を潰すことに。すぐに女が俺の横に付く。


しかしその子はステージにいた売れ残り女ではなく全くの新人で、初々しさに弱い俺はすぐに気を持って行かれた。

この子とゆっくりイチャイチャしながら時間を潰せるなら悪くないか・・。


しかし甘かった。席に着くや否や女を買ってくれ!というボーイからの懇願がひっきりなしに続く。その勢いは天皇に直訴した田中正造を髣髴とさせるほどだ。

さっきから俺の手を握っている女も、顔はニコニコしているのだが手にじっとりと汗をかいている。そんなに嫌か!逆に買っちゃうぞバカヤロー!


「もう少しゆっくりさせてくれ、まだロクに話もしていない」

「ハナシヒツヨウナイ!オマンコニヒツヨウナイ!」


なんだこの勢いは?去年はのんびりとイチャつきながら、ゆっくり時間をかけてかけ引きできたのに・・


ボーイの説得に堪えられず横に目をやると、タグッツォが至福の表情で女を膝に抱えていた。


「ハヒーッ!ハヒーッ!タカシーノさんッ!おれ!おれ!チンチンが破裂しそうだぁ!!」

「・・そうかッ!よかったな!あんまムチャすんなよ?女の子、顔がウンコ踏んだ時みたいに引きつってるぜ?」

「シーノさん!ここはどこまでやってイイんすか?胸とかモンでも怒られないッスか?」


当然「商品」だし、おさわりバーではないのでそんなことしたら怒られるに決まっているだろうが、まさかホントに揉む勇気もないだろうと思い、


「もちろん揉むなりつねるなりお前の自由だよ!ここはタイ、お前は金持ち日本人のタグッツォだ!自信を持て!冬場の肉まん握るみてえににそっと・・」


全部言い切るのを待たず、タグッツォは待ってましたとばかり胸を揉み始めた!

バカッ!屈強なムエタイ戦士が来たらどうすんだよ!!!AIUの海外旅行保険も安いのしか入ってねえんだぞ!

おまけにこいつ、女に買ってくれって言われるがままに「YES!!YES!!!」と熱いあいづち打ってやがる!!俺の言ったこともう忘れたのか!!!


曹操がキレた時の目でタグッツォを睨みつけると、「おおお・・YES・・YES・・いや!NO!NO!!」と支離滅裂になったので思わず爆笑していると

騒ぎに気付いたボーイがコッチに近付いてくる!ヤバイ!いざとなったらこいつを置いて逃げよう!タグッツォも最後にOPPAIが触れて悔いはないだろうよ。


だが、ボーイが言った言葉は俺の予想とは違った。


「オネガイ!セックースシテアゲテ!モウ・・モウジカンナイ!!!」

「はあっ!?時間って、まだ十二時になるかならないかだぜ?」


そう言いかけた瞬間、音楽が止まり店内に明かりが戻った。・・え?なにこれ?


「・・・ヘイテン・・フィニッシュデス・・」


訳が分からない。朝までやってるはずのゴーゴーバー。スーパーよろしく閉店間際のタイムサービスなんかを期待していたのに・・今日は特別なのか?


後から調べた事実によると、ここタイにもとうとう風営法が施行され、夜十二時以降のゴーゴーバー営業が禁止されたとのことだったのだ。

それによって店も女もかつての半分以下の時間で客を取らなくてはいけなくなったのだ。

全く風情のない話だけど、彼らの生活を考えればのんびり駆け引きなんて悠長なこと言ってらんねえよな。


気持ちもチンポも煮え切らないまま退店を余儀なくされた俺たち。タグッツォのあの悔しそうな顔は、あとは彼の親が死んだ時くらいしか見る機会がないだろう。

「こんなことなら来なけりゃよかったよ!俺の右手はな!ほんの十分前までOPPAIに覆いかぶさってたんだぞ!?それが何だ!生殺しも甚だしい!さっさと買っちまえばよかったぜ!タカシーノ!テメエのクソ腰抜け振りのせいだよ!干からびたマンコみてえなツラしやがって!」


尋常じゃない勢い、彼を止めるには明るい未来を約束するしか他に手がないと理解した俺は、自らの腹を決めて皆に向き直った。

 

「よし・・わかった。そこまで言うなら行こう・・確かにこのままじゃ収まりがつかない。」


一同が何かを期待した目で俺を見る。俺は息を深く吸って言葉を続けた。


「ただし、ここじゃあない。明日・・行こう。ちゃんとした店に。絶対に女が抱ける所に・・」


熱く火照る頬を夜風で冷やしつつ、タクシー乗り場へと歩く俺たちの背中には確かに約束された未来があった。明日・・女を抱くという明確な未来が。


背中越しに聴こえてきた大音量の音楽も、次々に演奏が止まっていく。ナナが眠るんだな。見上げたビルのネオンはもう半分消えかけていた。