バンコクの夜は長い。


常に熱いこの国の夜は、訪れる人々の胸を高鳴らせる。日中極度に暑いこの国で、一番遊ぶのに適している時間は夜なのだ。

皆それを知っているので夜の帳が下りる頃になると、街はにわかに活気付く。


カオサンにしてもそうだ。昼間は焼きそばの屋台や衣類などの出店が並ぶ普通の商店街が、夜になるとダンスミュージックが大音量で流れ

白人が金で買ったであろう女を連れて練り歩き、薄着の姉ちゃんが当たり構わず踊り、辺りには酒を売る店が立ち並ぶ。真夜中は別の顔ってやつだ。


そんな別の顔のもっともエキサイティングな場所に行きたいって?OK、それならナナだ。


ナナプラザと呼ばれる雑居ビルがある。三階建てのビルに230のテナントが入っていて、何を隠そうそれらすべてが風俗なのだ。

風俗といっても、ゴーゴーバーと言われるもので、日本のピンサロなんかとはぜんぜん違う。

ヤル目的というよりは、女の子と遊べるところ、と考えていいだろう。むしろキャバクラに近いものだ。


去年、過去何回もタイを訪れたにもにもかかわらず俺は初めて、誓って初めてゴーゴーバーというものを経験した。

そのときは、ナナプラザではなくそこから20分ほど離れた、もうちょっと庶民的なゴーゴーバースポット「ソイ・カウボーイ」という所に行った。


なにぶん初めてでお作法も何も分からない、俺は手招きしてくる女の子に戸惑いつつ通りを駆け抜けた。

駆け抜けてしまっては意味がないことに気付き、再度震える足で引き返すと、突然一人の女が俺に腕を絡ませてきた。


 「カモーン!見ルダケネー!!」


そう言うが早いか、引きつる俺を強引に店の中まで連れ込んだ。


店の中はクラブのような作りだった。DJブースにソファ、真ん中にダンスフロアがある。唯一つの違いはそこで踊っている女がほぼ全裸だったのだ!コレにはさすがに驚いたぜ!?俺と、俺をエスコートした女はソファに腰をかけるとまずはドリンクを注文した。


 「あたしもドリンクいい?」


という下りは日本のキャバクラとあまり変わらないように見えた。


しかし乾杯をしてビールを飲むと、とたんに場は冷めた。話すことが無いのは日本のキャバクラでも一緒だが、ここでは輪をかけて酷い。だって言葉が通じないんだもの!

英語が喋れるようなインテリゲンチャは、当然昼の仕事を見つけるだろうし、稀に喋れる奴がいたとすれば、それは共に過ごした多数の客から学んだ「仕事熱心」な奴だろう。


 「アー・・ネーム?」

 「え?俺の名前?・・タカシノフ・・だけど」

 「へー・・ミー、ホニャララ」

 「はっ?何ッ?」

 「・・・タイ―・・ホニャララ・・フード・・・アローイ?」

 「アローイって、うまいってこと?ああ、うまいよ、トム・ヤム・クン・・いいね・・君は?」

「カオパックン(エビ炒飯)・・アロイ・・」


終始こんな調子なので、当然つまらないかと思うでしょうが、しかし決してそうではない。

だって気が付けば女はTバックの水着に着替えてて、ずっと俺にしなだれかかってるんだもの!そしてさっきから、しきりに俺のポコチンを握ろうとしているのだ。


 「ユー、2000バーツ払ウ、セックスーネ!ホォテルイクネ!」

 「ええぇッ!?いやいいよ、怖ええし・・」


こうして、交渉決裂、沈黙、ドリンクおねだり、チンコ揉み、再交渉が2サイクルほど続き、さすがに飽きて帰ろうとすると

決死の形相でちょっと待ってろと言い残して女が席を離れた。無理も無い、所詮店の中での接客なんて彼女にとっては大した金にはならない。

寝て客を取ってこその商売なんだ。


女が二階から降りてきた。なんだか切なくなった俺は一刻も早く帰りたい気分だったが、せっかく何かを持ってきたようなので無下に断るわけにもいかず、手渡されたアルバムらしきものを開いてみた。


そこには何故かその女のセルフヘアヌード写真がぎっしり詰まっていた!!


どうだ?これでもまだやりたくないか?と言わんばかりに得意げな女、バカか!


結局振り切って帰ってしまったが、なんだかんだで二時間にもわたり半裸の女とイチャつきながら、抱いて、抱かないの駆け引きを楽しませてもらったので文句は無かった。金も2千円も取られなかったのでこれはすごいお得なのではないか?日本ならいくらくらいいくんだろう。


ともあれ、こうして去年のゴーゴーバーこけら落としは終わった。戸惑いこそ多かったものの振り返ればとても楽しかったことを覚えている。


「・・てな感じなのよ、皆さん。」


ナナに向かうタクシーの中でオレは、初めて裏本でマンコを見た中学生のように雄弁に語った。


 「アギョォォォ!!!!!!OPPAIは見れるの!?OPPAIは?」


タグッツォが融解寸前の原発炉心のごとく熱く震えた。


 「おめえそりゃあ・・クケケ・・OPPAIどころかアワビのうま煮までバッチリよ!」

 「盆と正月が一緒に来るってわけか・・エロスやのう・・念のためゴムを持ってきたかいがあったわい」

「クク・・用意がいいですのう・・確かにいくら素潜り自慢の俺らでも、この名にしおう荒海じゃあさすがにダイバースーツを見にまとうってなもんだわな・・カカカ・・」


課長島耕作で目にするような出張先で理性をなくすクソ上役、まさに今の俺らがそれだ。


 「あーダメ」


一息ついたタグッツォが前触れなく言い放った。


 「あと30分もしたら絶対にOPPAIを見てるんだ、そんな自分の未来を考えるともう・・」

「キャー!!!!!!!ってなるだろッッッ!?オレもなんだよ!!!!」


車内は依然として大盛り上がりだ。しかし世話役として俺はあえて、このテンションを下げるかもしれないと知りつつ重い口を開いた。


 「みんなに大事な話がある。」


一同戸惑う。何を改まって・・と朽犬が心配そうに言う。


 「ここ二週間、俺たちは女と言うものに触れてこなかった。いや、日本でも彼女のいない奴らは出発前にセックスしてこなかったろうから、女の裸なんか実に何年かぶりって奴もいるだろう」


パクチィが阿呆のように頷く。


 「で、そんなとこに突然女の裸を見たら、そりゃ空から降りたての寄生獣が無防備に寝てる人間見つけたのと同じくらい突っ込みたくなるよな。」


今度はタグッツォが汗を拭いつつ激しく頷いた。  


 「だが許さん」

「エーッ!!!何で!!??」


とは、さすがに皆大人なので言わなかったが、声を出すよりも分かりやすい表情を浮かべられた。俺は口元に苦笑いを浮かべて先を続けた。


 「・・考えても見てくれ、俺たちがこれから向かうところは正式には本番(おSEX)ナシなんだ。あくまで女の子と飲むのが主体なのよ表向きは。」

 「でもさっきの話じゃ・・」

 「その無駄にデカいキンタマに入ってるのがお前の小脳じゃないってんなら話を最後まで聞きな!タグッツォ!・・でだ、気に入った子がいたらお店にお金払ってデートしていいですよー、連れ出していいよーってのが建前で、結局はすぐそばにある個室でヤラせるってわけよ。」

 「それになんの問題があるんだって言ってんだよ?お金払えばいいんだろ?」


ジャム島でアトピーを発症し、キチガイのようにベビーパウダーを買った時と同じ切羽詰まり方をしているタグッツォ。いや、切羽詰ってるのは彼のポコチンだ。


 「とにかくな、そういうトコは普通に本番をさせるソープとかと違ってなんていうか・・甘いんだよ。治安も病気もさ。しっかりしたルールとかないし、連れ出しちゃうからナマでやって病気になってる奴とかいるかも知れないだろ?美人局くらっておまけにエイズじゃ笑い話になんねえよ。」


エイズという発言に言葉を失う一同。やっとリスクというものを理解できたようだ。


 「確かに病気とか・・怖ええな・・。」

「怖いよ?俺の知り合いが一回淋病になったことがあるっていってたけどそりゃもう・・凄絶ってさ。」


息を呑むメンバーの顔を見渡し俺は続けた。


「彼の話を要約すると、何でも尿道から興奮しきった田嶋陽子が大量に飛び出してくるような痛みらしい・・」

「それは・・確かにキツいな・・」

 「だろ?今のお前らは血が吸いたくて血が吸いたくて、思わず炎天下の中を棺桶蹴り開けて飛び出した吸血鬼みてえなモンよ?ダメダメ。理性を失わずOPPAIだけで満足しなさい!いいね?絶対に買うんじゃないよ?」

 「はあい!!」


うむ、素直だ。再び和やかな空気が俺たちを包む。すると先ほどから怪訝そうな顔をしているタクシー運ちゃんが何かタイ語を呟いてあごを前方にしゃくった。


50mほど先からも分かるまぶしい光。どぎつい原色のネオンサインはアメリカン・グラフティを髣髴とさせる。思わず息を呑むメンバー。


 「・・ウェルカム・トゥ・パラダイス・・ここがナナだ・・。」


その熱気に当てられ呆気にとられたタグッツォの目の奥に、ネオンはいつまでも輝いていた。