バンコクの原宿はサイアムという。そこにはシーロム通りという、まあ日本で言うところの竹下通りが通っていて、洋服、映画館、カフェ、ホテルなどが並び、タイの学生たちに人気のあるスポットとなっている。


こうして書くとカオサンと変わらないように感じるかもしれないが、いかんせんうろついている人種が違う。

サイアムは近所にエルメス、ヴィトンも入ったエラワンソゴウ、日本資本の高級デパート伊勢丹、タイの次世代ファッションビル、サイアムセンターなどが点在し

あからさまに金のある若者、若しくは金持ちのガキの溜まり場と化している。


「日本人ならもてる」俺が初めてタイに来たとき、何の根拠もなく掲げていた一つの信念だが、それを突き崩したのもここ、サイアムだった。

金持ちもさながら、オサレなんだよな、ここの奴らはみんな。カオサンで買ったのがバレバレの汚ねえパチモンTシャツ着こなしてる俺なんか、まるで転がってる石ころみたいだったぜ・・どんな気分かって?恥ずかしかったよバカヤロー!!


そんなところをドヤ街丸出しのヒッピーファッションで、今またこうして歩いている俺らは、通り過ぎる奴等にもはや軽い敵意すら覚えていた。

このクソ暑いのに何着飾ってんだよ!! 


 「クソが・・ジャパンマネーの力を見せてやろうか・・」


朽犬が歯軋りと共に呟いた。おい・・だめだ・・完璧に映画の悪役みてえになってるぞ・・。


東京だろうがタイだろうがコンゴだろうが、オサレなところは落ち着かないという難民メンバー。しかたがないので少しレベルを落とすことにする。


歩いて5分の所にあるマーブン・クロン・センターと呼ばれる庶民デパートがある。前述したデパート群に比べ、言うなればここはよくて西友といったところ、しかし忘れるな、超デケエ西友なのだ!


カオサンの小汚え屋台をそのままビルに詰め込んだような大雑把な内装は、洋服屋の横に何故かラーメンの屋台があったり完全に時空が歪んでいる。カオスだ。


また、ここの最上階はレストランフロアになっていて、しかも日本食が多い。タイ人にしてみたら高級料理だから、デパート帰りに家族で食事ってことかな?


 「で、何を食うの?」

 「そうだな、色々食わせたいが、とりあえずアレはどう・・でしょう?」


俺の指差した方向、「OISUSHI」と書かれた看板がある。


 「オイ・・スシ・・?スシ屋かありゃ?」

「いや、よく見てみろよ、回転寿司みてえにコンベアが回ってるけど、上に載ってるのは刺身とか焼き魚とかだぜ?全く新しい解釈での日本料理じゃねえか・・。」


好奇心がもたらすもの、さっきのフルーツパンチで懲りたはずなのに再び俺は戦いに足を向けた。


 「イラシャイマセー!!!」


小気味の悪いアッパーさで店員が迎える。日本食の店に日本人が来た=本場に認められた、という構図が頭に出来上がっているのか、物凄い嬉しそうな表情を浮かべた店長が呼んでもいないのにわざわざ出迎えてくれた。おいおい・・悪口言い辛いじゃねえか。


カウンターではなくテーブル席に通されると、奇妙なオブジェが目に付いた。テーブルの上空から潜水艦の潜望鏡のようなものがぶら下がっているのだ。


 「なんだこれ?」


パクチィが引っ張ると、ガシャァァン!というカッコイイ音とともに何故かジンギスカン用の鍋がせり出してきた。


 「・・オーバーテクノロジーって言うの?こういうの?」

 「ムダって言うんだよ。無駄無駄・・」


演出過剰に早くも辟易とする面々。とりあえずはスシを喰うか、ということになりメニューに目を通すが

 「おい、全く聞き覚えのないメニューばっかりだぞ・・。カリフォルニアロールはまだいいとしても、なんだこのバイキングロールってのは?」

 「刺身も微妙だな・・帰りに検疫で引っかかったりしねえだろうな・・。」


独自の道を歩むオイスシ。その挑戦を受けるべく俺たちはバイキングロールを始め、奇抜そうなものを端から頼むことにした。


しかしいざ喰ってみると意外と悪くない。

バイキングロールはイカ明太子にきゅうりを巻いて、周りにトビコを散らした物凄いサイケな色彩の食い物だったが

全てが小僧寿し程度のクオリティを保っているので、ゲットー上がりの俺からすれば十分合格点だ。


 「なんだかな、これで不味けりゃネタにもなるのに・・ハンパだなあ。」


八雲の苦言を聞き流し、目の前のスシにかぶり付く。なんだかんだタイ料理三昧だったので、さっぱりとしたものが妙に上手く感じる。


一店で腹いっぱいにするのは勿体無いので、腹五分目で店をでる。


 「何であの店長、お前に名詞やら渡して鬼のように握手してたんだ?」


朽犬が尋ねる。


「おお、俺は日本の雑誌編集者で、ここの料理のことを取り上げるとかフカしてみたんだよ。あのオッサン、涙ぐんで喜んでたな。ガハッハハ!」

「やめろよ!そういうある意味弱いものイジメは!あのオッサン、これからさらに暴走しちまうぞ!」


さて、二店目。ここにこなければ始まらないし終わらない。タイスキのチェーン店「MK」だ。マジで恋するわけでも切れるわけでもない。名の由来は未だ不明。


 「グエェェ!?タイスキかよォ!」


パクチィがあからさまに嫌悪の顔を浮かべる。


 「おい、こないだオバちゃんちのそばで食ったアレをタイスキと思うなよ!あんな半煮えのタイスキは料理でも何でもねえ!ここが、こここそがリアルだ!」

「なんでもいいけど俺実はタイスキそんなに好きじゃねえんだよな・・」

「あ、俺も」


タグッツォの衝撃的告白に続いてゾロゾロと「タイスキは食べたくない派」が声高に主張する。映画「いまを生きる」のラストシーンのようだ。


 「なんだか急にタイの米の匂いがダメになったんだよ。決して他意があってのことじゃあないんだ。」

「タグッツォさんよ!アンタ今日の朝までタイ米ガツガツむさぼってたじゃないの!?」

「でもだめになった。いいよ食べてきて、俺ブラブラしてるから。」


崩壊の危機。何故こいつらはすぐ個人行動に走ろうとするのか・・明日出発を考えればこれがゆっくり喰える最後の晩餐だってのに。


 「とにかく騙されたと思ってきてくれよ!お前らにメコン川のように連綿と流れるタイスキのソウルを見せてやるから!」


早くも騙された顔のメンバーをなんとか説得し店内に入るも、今度は席が満席だという!


 「あ、じゃあ俺そこの二人がけでビールでも飲んでるわ。」


パクチィと朽犬が言った。先を越された顔のタグッツォ。こいつらは昔から自分だけ助かるのがマドンナが素っ裸になるのと同じくらい得意なのだ。


 結局俺、八雲、タグッツォ、テケレツの四人、その後ろの二人がけから朽犬、パクチィがビールを飲みながら俺たちを微笑ましく見守っている。


ようやくありついた真のタイスキ。初めて体験したのは19歳のとき訪れたプーケット島だった。


当時盛りの真っ只中だった俺は何とか女をナンパしよう試行錯誤していたが、いかんせん小心者で気さくに声などかけられる筈がなかった。


そこで考え出したのは、


「タイスキという鍋を食べてみたい。一人旅なので一人では入れないのです。」 


今にして思えばどう考えても「知ったこっちゃないわ」と言われて終わってしまうようなフリだが、そこは南の島。

無事に女の子グループに混じることに成功。夜まで楽しく過ごすことが出来た。


そう、つまりタイスキとは俺にとって勝利の味なのだ!これを食べて帰る事で日本でも強く生きられる、そういう縁起物なのだ!


やる気のないメンバーなど気にせずに注文を始める俺。

ダシ(味の素?)のはった鍋に魚のすり身やイカ、肉、野菜などをブッコンでしゃぶしゃぶのように湯がいて特製のタレに付けて食べる!ンマーイ!!

ホッコリとしたすり身が辛味の効いたタレに絡まって、いくらでもイケる。


ある程度食が進んだらさらにタレと米を鍋に足して、カオ・トム(雑炊)を作る。卵を溶いて食べるその風味と言ったらもう・・最高!・・でしょう?あれ?


全く浮かない顔のメンバー。早く食べ終われ、そう言っているのが三歳児でも分かる表情で俺を見つめている。


・・団体旅行の嫌なとこは趣味がぶつかった時だね・・ホント・・。


こんな状況で食べても思い出が穢れるので俺も行程半ばで早めに切り上げることに。ほら、これでご満足かよ?


しかし一人っ子の俺がこんなに素直にタイスキを後にするにはもちろん納得のいく訳がある。

そう、今日は腹一杯になるわけにはいかないのだ。この後にデカい用事が控えているからな。


デカい用事、それは簡潔に書くと女のオッパイを見に行くことだ。そうだ、エロい店で酒を飲むんだよォォォ!!!


約二週間にわたりオガクズみたいな匂いのするクソ難民どもと一緒に過ごした俺は、このままじゃ太陽がまぶしいのを理由に誰かの首を絞めてしまう寸前だった。

そしてそれはどうやら他のメンバーも一緒のようだ。


特にタグッツォは昨晩、ヒップホップのリリックと称して「O・P・P・A・I O・P・P・A・I」とテンプルを打たれたカーロス・リベラのような表情で呟いていた。心配だ。


カオサンで土産物を買う、と言うテケレツ、八雲を早急に露払いし、目指すはゴーゴーバー!そこに行けば全ての夢が叶うと言う・・。


 いざッ!!面舵O・P・P・A・I!!