Aマンションに戻って早速シャワーを浴びる俺、疲れて寝っぱなしのタグッツォがようやく目を覚ましたようだ。


 「よおよお!今日さ、バンに会ったんだよ!タイの女友達!今からメシ食いに行くんだけどお前も来ないか?」


 「・・カワイイの?」


「・・人間で言うと青木さやか。パッと見で言えばゴリラ・・かな?」


「・・・へえ・・じゃ、いいや」


このときのタグッツォの顔は、友人の彼女がスゲえブスだった時のまさにそれだった。

全然うらやましくないけど彼女がいるのはちょっと悔しい、そんな表情だ。


結局俺、パクチィ、そして朽犬の前回お世話になった三人で行くことになった。

17時をちょっと回ったくらいに先ほどのゲストハウスに訪れると、程なくしてバンが現れた。


 「待った?今終わりよ。何を食べましょうか?」


「美しい君。今日はイタリアンでも嗜もうじゃないか。ワインで口を洗いながらね。」


ハンフリー・ボガードになりきった俺は彼女の手を引いて店へとエスコートした。


夕暮れの町並みはどこもでも美しい。しかし取り分けクラビーは素晴らしい。

ジャムなどに見られる完全な自然の美ではないが、人と街が溶け込んだ夕暮れ。

それは「三丁目の夕日」とも言うべきノスタルジーを与えてくれる。

川べりのボートの発着場から涼しい風が吹き始めて、そこに夕日がゆっくりと沈む。

公園でセパタクローやサッカーに興じる子供たちの声は、旅先での貴重な一日が終わっていく寂しさを紛らわせてくれる。


そんな川沿いの食堂街に、一見のイタリア料理屋がある。前回訪れた「ボレロ」と違い、本物のイタリア人が経営している。

前述した通り、ここが気に入って住み込んだヒッピーの類だろう。


ジェノベーゼ、ディアボロなど、割と種類の豊富なメニューから何品かを選んでディナーを囲む。


 「こうして一緒に食事が出来るなんて、まだ信じられないよ。ところでバン、なぜAマンションを辞めたんだい?」


 「そうね・・とてもいい職場だったのよ。でもね、あたしの今後のビジネスプランを考えると・・」


「ビジネスプランだって!?」


 「ええ、あたしは将来的には旅行者向けの旅行代理店をやりたいのよ。それで今の店でノウハウを学ぼうと思って。

タカシーノは将来何かしたいことはないの?自分で会社とか・・。」


むう、一番振られたくない話題を振られてしまった。しかしバンは俺と同じ歳でもう将来的なビジョンを確立してるんだな・・スゲエ。


 「まあ・・なんだ・・その、俺みたいなボンクラじゃ会社おったててもすぐ潰れちまうよ・・。」


「あら、そんなことないわ、大切なのはコンフィデンス(自信)よ!」


楽しいはずのディナーも一転、就職セミナーのような雰囲気になってしまったので、急遽タイ語を教えてくれと提案し、なんとか話題を切り替えることに成功。


「どんなタイ語が知りたいの?」


そう言われてみても特には浮かばねえな、と考えているとパクチィが思いつめた顔で言った。


 「・・私はゲイじゃない・・を」


気持ちは分かる。この度で幾度となくゲイがらみのトラブルや白い目を浴びてきた俺たちには、「サワディーカップ(こんにちは)」よりも遥かに必要な言葉だと思えた。


異国の友人に最初に教える言葉が「ゲイじゃありません」。バンの戸惑いも相当だったろうがそこは察して欲しいところだ。俺たちも色々辛かったのよ。


「ポム・マイチャイ・ゲイ・・」


「・・ポム・マイチャイ・ゲイ・・?」


「ヤー・・ポム・マイチャイ・ゲイ・・」


 「ポム・マイチャイ・ゲイ!!」


「イェス!!ポム・マイチャイ・ゲイ!!!」


小洒落たイタリア料理店にて響き渡る「ゲイじゃありません」の大合唱。営業妨害もはなはだしいが、そこも・・察して欲しい。

おい!隣のテーブルの奴ら!何見てんだよこの野郎!!


小二時間ほどイタリアンディナーを楽み、もう少し飲み足りないということで店を変える事に。


 「それならあたしの働いている店に行きましょうよ?お酒もあるし。」


それがいい。何てったって俺はこの街の事はほとんど分からないからな。

東京で女とメシ喰う時でさえどこに連れて行っていいか分からなくなるのに、ましてやここはクラビー

めくらが暗闇に向かって石を投げるようなカンのみに頼った店選びになってしまう。

外したタイ料理のものすごさは、前回屋台でマドンナのマン汁よりもホットなグリーンカレー喰わされた時でもう懲りてるんだ。


バンの店のオープンテラスに再び腰をかけて、ビールを頼む。何度も言うが暑い国で飲むビールは底なしだ。


ふと見ると、パクチィが怪訝そうな顔でふさぎ込んでいる。


「おい、どうした?もう酔ったのか?」


「いや・・ほら・・そこの向かいのスーツ屋。こんなに暑いのにダブルのスーツ売ってるぜ?」


パクチィの指差すほうに目を向けると、なるほどあからさまに場違いな「紳士服のコナカ」みたいな店が、どう考えても冬物、というラインナップをディスプレイしているのだ!


 「ガハッハハハ!!ありゃあねえな!この街でスーツ着てる奴なんて見たことねえよ!去年もそういやあったよな!?何で潰れねえんだろ?」


「な!不思議だろ?そもそもがなんでわざわざこんなとこでスーツ売る事を仕事に選んだんだろうな?うっひゃーゼッテー売れるよー!!カッケーもん!とか思ったのかしら?」


ひとしきり日本語でスーツ屋を馬鹿にしていると、ビールを持ったバンが友達を連れて戻ってきた。


 「何話しているの?」


「・・いや・・特には・・」


すでにビジネスプランを自らの中に確立し、それに向けて努力しているアメリカ女のようにアグレッシブなバン。

かたや同じ歳ながら、暑い国でスーツ屋を見ただけで鬼の首をマンコしたかのように大爆笑の俺たち・・だめだ・・豊かさは人をダメにする・・。


 「この子、あたしの友達のプラーっていうの、外国語の勉強をしているのよ。」


歳の頃、20歳位のタイ人の割りに色白で、細く、目の大きな、まあ一言で言えばカワイコちゃんが恥ずかしそうに英語のテキストを持って佇んでいた。


 「ねえ、誰か英語を教えてあげてよ?タカシーノ?」


OK!じゃあ部屋へ行こうか・・」


などとスマートに誘えるはずもなく、二つ返事でプライベートレッスンをお願いしたかったが、その野望も潰え、男三人女二人の中学生日記ばりの青臭い勉強会が開かれた。


 と、そこに!!


女と会うのに邪魔になると思い置いていったタグッツォ、八雲、テケレツの三人が通りかかったのだ!!


 「おおお!!お前ら・・何やってんだ!?」


突然の襲来に俺は戸惑った。みんな仲良くプラトニックに勉強ゴッコなどと、一番見られたくないところを見られたこの恥辱!そんな俺を尻目にタグッツォはドライに答えた。


 「何って・・メシ食ってきたんだよ・・お前らこそ何してんだ?教科書なんて・・。」


「これか・・これはな・・クーッ!!勉強会・・だよ!英語を教えてんだよ!」


「・・遠くから見ると日本で売春させるために日本語を仕込んでるヤクザとその女みたいだったぞ?」 


「・・まあ、とにかくよかったらお前らも・・」


「いやいい」


俺の言葉を途中で遮ってタグッツォは引き返していった。女が気に食わなかったのかしら?

すっかり水が差されたような気分でビールをチビチビやる俺たち。バンもプラーも店が忙しいので手伝うとの事。よくやるよ、時間外労働なんてな。


 「後二日か、タイの空の下で酒を飲むのも。なんだかんだよ、楽しい旅だったよな。」


 「全くだよ、女ッ気こそなかったけど、仲間と来れるってのはこんなに幸せなんだな。」


そうだ、それだよ。俺はずっと旅は一人って気取っていたけど、共感できる仲間と来るのは本当に楽しい。メシ一つ、酒一杯の味すら変わってくる。


「まあ、女が居ないってのが逆にいいんじゃね?気ィ遣わないし。このメンバーには必要ないでしょ?」


と、嘯く朽犬の横からこれまた細身の美女がバンを呼んだ。


 「ハーイ!!久しぶり!カフェの仕事はもう終わったの?」


ローライズのパンツにくびれた腰。ヘソが出るほどのピッチリしたTシャツ。プラーが清純派ならこの女は完全なギャルだった。朽犬好みの・・。


 「みんな、この子はあたしの友達なの?クラブで会ってね、ほら、Aマンションの横のバーで働いてるのよ?かわいいでしょ?

もう少しであたしも手伝いが終わるから、この子も混ぜて飲んで待ってて。」


いつの間にか朽犬の眼が、オームの攻撃色のように真っ赤になっている。ロックオンが完了したことを告げる眼だ。


 で、実は俺、この女の子を知っているのです。誰にも言ってないけど。

話は去年、朽犬、パクチィと三人で来た時に遡るが、今日と同じように島から帰ってきて、疲れた、とさっさと寝てしまった二人に呆れかえり

せっかくの夜にバーにも行かないとは!と一人憤慨して件のAマンション横のバーに行った時だった。


俺は例によってさくらから持ってきたゴルゴ13を読みながら一人酒に興じていた。そこにこの女の子が近寄ってきたのだ。


 「ハイ!一人ぼっちなの?」


「・・男ってのは一人で居たいときがあるのさ・・ましてやここは異国だ、故郷を思うこともある・・」

「じゃあ、あたしがここでお話してたら迷惑かしら・・」


「・・キスもしたことがねえ未通娘みてえにキャーキャー騒がなけりゃな・・。」


ハーヴェイ・カイテル真っ青の完璧なハードボイルド振りに、俺の心は静かに脈打った。


「さっきから何を読んでいるの?マンガ?」


「これか・・これはな・・プロのスナイパーの話だ。男の美学が詰まってるのさ。」


興味あり、という表情で彼女は俺から本を取り上げ、中を覗き込むや否や声を上げた。


 「オー!!バッドボーイ!!」


そのページは、ゴルゴが思いっきり女を騎乗位で突き上げて、女が「ああ〜とろけちまいまいそうだよ〜」と呻いているコマだった!


 「ち!違うんだ!これはエロ本じゃねえんだよ!!」


途端流れる気まずい空気になす術もなく、女はカウンターへと姿をくらました。いたたまれなくなった俺は勘定をテーブルに置いてそそくさと立ち去った。


 あれから一年、奇しくも同じように島から帰った日に遭遇するとは・・。


暫くしてバンとプラーもテーブルに戻ってきた。やっとこ合コンらしくなってきたのだが、もう俺たちはベロンベロンだった。

パクチィもなれない席なもので、無口のまま酒をガンガンあおり、さっきからホーキング博士のようなポーズで椅子に何とか座っている。

唯一朽犬だけは自慢のデジカメでギャル子と写真を取ったりと、その様まるで安キャバクラのリーマンのようだった。やだやだ。


結局何事もなく、最後まで中学生日記のように解散。詳細な描写あってこその紀行文だがいかんせん俺はもうベロベロに酔っ払っていて歩くのが精一杯だった。

タイの女の子とのロマンスは、またも次回に持ち越しとなった。


何とか部屋に帰ると、途端にパクチィがぶっ壊れた。

抑圧されていた自我が暴走したのか、寝ていたメンバー、タグッツォ、八雲、テケレツを叩き起こし「飲み直すぞ!」と叫ぶのだ。


酔っ払いに逆らうのは得策ではないと判断したメンバーは、山本五十六のように大声を張り上げるパクチィをなだめつつ

とりあえずパクチィの部屋まで趣いて付き合い酒をすることに。


 「結局女の顔をよく見てないんだけど、写真見せてよ?」


テケレツが好奇心丸出しで言い放った。朽犬は待ってましたといわんばかりにデジカメを取り出し、まずはバンの写真を眼前に突きつけた。


 「・・ゴリラだ。ガハッハハ!!マイティ・ジョーじゃん!!すげえなあ!!」


覗き込んだ八雲とタグッツォも堪え切れぬ笑いと共に付け加えた。


 「ガハッハハ!!元広島カープのキヌガサじゃん!鉄人キヌガサだよこれは!!」


そのキヌガサにイタリア料理を奢ったことが急に切なくなり、自分の女じゃないけどなんかムカついたので

そばにいたテケレツに肩パンチを食らわせることにした。うん正しい行いだ、神も許すだろう。


 しかし空気が読めないことで有名なテケレツはものともせずにせっついた!


「朽犬の女は?みしてよ?」


「お前、この子はかわいいよ?」  


自信アリ、といった表情の朽犬、その発言から実はこいつもバンを可愛くないと思っていたことが判明。

タカシーノは仲良くてウラヤマシイとかほざいてたくせにっ!!


 カフェギャルを目の当たりにしたテケは、予想外にまたも爆笑!


「この獣姦野郎!こいつはチンパンジーソックリじゃねえか!お前らジャングルの王者かよ?ガハッハハ!!」


なんとも言葉のない俺、かわいいッてんだってばよ!!と必死になるあまり言葉使いがナルトになる朽犬。


とりあえずもう寝よう、そう思って部屋を出ようとすると、完全に泥酔している朽犬に「帰るなよォォォ!!!」とヒクソン・グレイシー張りのタックルをくらい軟禁状態に。


まだジャムでの生活の感覚が抜けきらないのか、深夜にもかかわらず辺りを気にせぬ大騒ぎ。


あーーーもう!!メッチャクチャだァァァ!!!