島の暮らしも今日で最後だ。日記を見返すとやれ楽園だの、天国だのともてはやしているけれど、ぶっちゃけとっくに飽きてんだ、実は。


とにかくここではやることが無い。なさ過ぎる。泳ぐか飲むか飯食うかボブ吸うかしか選択肢が無いなんて、さすがに飽きるだろ?


前述の通りパクチィや朽犬は、そんな何も無いのがいいって感じで楽しんでるけど、お前ら一体全体幾つだよ?

退役軍人じゃあるまいし、いい若いモンが日がな浜辺で横たわったり海に浮いたり・・よく飽きねえな?


そもそもフリーター無勢がのんびりしに来るってのも良くわからない話だよ、普段からたいした事してねえじゃん・・俺ら。


ボブ好き草ももう飽きた。


結局あれをすると、タイにいようが日本にいようがあまり関係無くなって来るのが寂しい。

いや、そりゃあ鳥の声やら海の音やらは凄くいいんだけどさ、それは別にシラフで見ても十分凄いし。せっかく海外に来たのに我を忘れてどうするんだよ!?


・・急に手のひら返したように俺がこんな事言うのは、昨日の夜、ボブが抜けきらないままベッドに横になっていて、真っ暗闇の中で寝返りうったときにたまたま指先に触れたプラスチックのペットボトルを、何故か大トカゲの背中と勘違いして時間も歳も関係なく闇を切り裂くような悲鳴を上げたこととは別に関係は・・無い。


そしてまあ、何より女だ。


ここには女がいねえ!


人がウゼェという偏屈なパクチィさん一派のお導きで、本当に秘島に来てしまったから全く観光客と出会わない。観光客どころか現地人すらまばらだ。


出会い(若い女限定)こそ旅の醍醐味を信条とする俺には、この孤島での暮らしはもういい加減ウンザリだ。クッソー!!オッパイ見てえ!!


ま、しかしここは団体行動。不満は表に出さず、残された日々を気持ちよく奴らに過ごさせてやるとしよう。


決意が揺らぐ前に俺はベッドから体を起こした。


しかし変わり映えの無い朝食を取ると、早くも決意が揺らぐのを感じる。待て待て待て!ここで愚痴を漏らして皆を不愉快にしては俺の器が知れる。

なに、大事なのは変化だ、変化があればいいんだ。倦怠期の夫婦のように新鮮さを渇望する俺はヤケクソで八雲に提案した。


「キアムさんにボートを出してもらって沖釣りといきましょうよ!?チマチマとイカなんぞ引っ掛けてないでいっそピラルク級の大物を狙いましょう!」

「沖釣りって・・このペットボトルで!?それとピラルクはアマゾンの魚じゃ・・」

「弘法筆をなんたら言うじゃないですか!昨日のイカ釣りでそのペットボトルの実力は未知数だってことを痛感しましたよ!」

「まあ、やることも無いし、そんなに言うなら・・。」

「よし決まった!」


完全に付き合わされた形になった八雲。

ペットボトル片手に南海の大物を狙うなんて、松方弘樹が聞いたらなんと思うか・・魚にも失礼な話だがやはりそこは男の子、これから始まる冒険に胸が高鳴らないわけが無かった。


笹舟にエンジンが付いたような不安なフォルムのボートに乗り込み、いざ大海へと旅立つ。

途中沿岸のポイントを何箇所かめぐり、20分ほどで見渡す限りの大海原へとロケーションを移すと、やおらキアムさんも缶コーヒーにルアーを巻きつけた釣具を取り出した。

八雲のペットボトルといい、漂流者かお前らは!


とにかくここに日対泰のフィッシング・コンペティションの火蓋が切って落とされた!


・・釣りは短気な人ほど向いている、という都市伝説のように信じがたい話を聞いたことがある。


しかしどう考えても、やっぱり気長な人間の方が向いていると俺はここに確信した。


飽きた。


百歩譲ってここが日本ならばもう少しも辛抱は出来たろうが、いかんせんタイだ。南国だ。

さっきから太陽からの容赦のない灼熱のメガフレアが俺を照らしている。あちい。


八雲にいたっては昨日日焼け止めをつけなかったせいで、完全に皮膚がただれていて、もはや火傷だ。

鼻の頭など皮膚の薄いところからは体液が滲み出し、その様まるで日野日出志の「蔵六の奇病」というマンガを髣髴とさせる。


だからといってこのまま引き下がる訳にもいくまい、ドンコでもカクレクマノミでもこの際何でもいいから早いとこ釣り上げて、さっさと宿に戻って酒が飲みてえ!


「あれ?」


八雲の目が変わった。


「あれ、きてるか?コレ?ン・・な・・なんだ!?」


瞬間、八雲の体があと少しで海に引きずり込まれるかと思うほどのアタリに見舞われた!


板橋で無職を満喫していた男が、人生の再起にと一念発起してアンダマンの海の主に挑み、そのまま海と一つになる伝説・・ヘミングウェイあたりが好みそうな話を思い浮かべながら、俺は息を呑んで海面を見つめた。


ラインは見る見ると伸びて行き、全く手繰り寄せることが出来ない


「ビ・・ビッグフィィィィッシュゥゥゥ!!!」


八雲が叫ぶと、面倒くさそうにキアムがボートのエンジンを掛けた。逃げる魚を追い込むのだろうか?


しかしそんな猶予は無かった。シュルシュルと伸びていくラインにも限界が来たのだ。どうにか釣り上げようとへこむほどペットボトルを握り締める八雲

しかし非情にもペットボトルは、スポコンッ!という上等なシャンパンを抜いたかのような軽快な音を立てて八雲の手から飛び出すと、程なくして海の藻屑となった。


「・・だめじゃないですか、海にペットボトルを捨てちゃ。」

「あのね、ムリムリ・・あれきっとシュモクザメか何かだよ、魚と戦ってる気がしなかったもの。」

「もっと板橋モンの根性見せてくださいよ!本気で手繰り寄せればサメだって何だって!」

「ドラクエのラスボスにひのきの棒で挑むようなモンだって!!修羅のスケールが違ったよ!あのまま無理したら、五本指全部持ってかれてたよ!?」

「そんな、指がもげるって・・まさか。」

「ああ・・素人のタカシーノさんにやらせなくて本当に良かった。負けず嫌いだからマジで無理して指を失くしていたと思うよ・・。」 

「・・そしたらまあ、音楽やめて、日本のアボット投手として球界入りするからいいですよ・・。」


結局釣果は得られなかったが、島に来て以来の激しい興奮は確かに胸に残った。小一時間のラウンドを終え、再び食堂に戻った俺たちは念願のビールですぐさま乾杯した。


クーッ!!タイに来てこっち毎日毎日うめえ酒ばっか飲んでたけど、今日のは飛び切りだよ!!


島、その楽しみ方は実に底が知れない。愚痴ってばっかりだったけど今回は俺の負けだな。本当にいい場所だった。


「おい、勿体無いからこぼすなよ!」


声に振り向くと俺の横のテーブルで朽犬とパクチィがタバコの中身を抜いて、代わりにボブ好き草を詰め込んでいた。


・・今日の日記はここまででおしまい。だってこの後の事は・・ねえ。