いつから寝てしまったのか、どこからが夢だったのか今となってはよく分からない。


とにかくこうして俺はまた、いつもの朝に戻ってこれたことをまずは喜んだ。

 

昨日はあれから、えーっと。なんかどっかの家から民族音楽みたいな歌が聴こえてきて、俺はちょっと落ちてしまったような気がする。

怖くなっちゃって、あたりの景色が恐山みたいに見えたな。

そして俺と朽犬とタグッツォとパクチィは何故か見えない車に乗っているかの如く、まるでサイコロの「4」のように規則正しく前後並んで固まっていた。


パクチィは微動だにしない上半身とは対照的に、チャリを猛烈な勢いで漕ぐかのような激しい動きを下半身で繰り広げていた。

それにより大きくえぐられた足元の砂浜を見て俺は思わず一番意味のない質問をしてしまった。


 「・・・・なにしてんの?」

 「ん・・俺のロケットのね・・ブースターがちょっとね・・」


正しい答えなどあるわけない、聞くだけ損した気分だ。


えーっと、えーっと。それでその後は、置いてきっぱなしだった八雲が急に恋しくなって


「いいか、飯ってのはみんなで食うモンなんだ!!これ以上八雲を待たせてないで戻るぞ!!」


そう怒鳴って、無理やりキマりっぱなしのみんなを引き連れて食堂に戻ったんだな。

途中、水平線の色が凄くて何度も立ち止まったけど、何とか俺たち食堂にたどり着けたんだ。


 「えーっと!みんなで飯でも食おうかと思いましてね!!せっかく来たんだし!!」


ゾンビみたいにウーウー唸りながら、視点のあわない目線を方々に投げかけヨロヨロと歩いてくるメンバーを引き連れてきた俺を見た八雲は

あからさまにありがた迷惑という表情を浮かべていたような気がする。なに、彼、照れ屋だからな。


飯は何を食ったんだろう?どうせチャーハンかな?その後八雲に怪談をせがんで、稲川淳二を完全に自分のものにした完璧な怪談を繰り広げてもらったんだ。

パクチィは笑ってたけどね。


で、どうにもこうにも体がくすぐったいから、一回部屋に帰って横になったんだな。傍にあった本を30分くらいパラパラ漫画みたいにバーッ!って早めくりしてたら

いつの間にか眠って朝になってたって訳です。


首を鳴らして背骨を伸ばし、眠気を覚ましてからシャワーを浴びる、食堂に集合し皆と挨拶を交わし朝食、オレンジジュースが旨い。


「あのさ・・頼みがあるんだけど」


突然タグッツォが言った。


「おいおいどうした?お前が俺に物を頼むなんて珍しいな?何でも言ってくれ」

「おう、悪いんだけど今日もう一回山向こうの村まで一緒に行ってくれねえか?」

「それは断る」

「何でも言えって言ったじゃねえか!!」

「ふざけんなよお前!バイク使って一人で行けよ?俺はもうあのクソ山道は二度と歩かねえって決めたんだよ!」 

「バカ!買い物しに行くだけならお前なんか誘わねえよ!!」


そういうとタグッツォは神妙な表情で事情を語り始めた。


「実はな、アトピーの薬を落としてね。痒くなってきたんだよ」

「お前ね、ビニール袋なんかで来るからだよ!?言ったろ?旅を舐めるなって!」


ここぞとばかりに糾弾する俺を全く見ずにタグッツォは話を続けた。


「だからお前、村まで行って英語で通訳してくれよ、痒いって、薬くれって」

「・・そういう事情なら仕方ねえけど、多分、ねえぞ薬」

「痒み止めでいいんだよ、とにかく痒い、ああ痒い」

「冷静に考えて、ここの奴らが金払ってまで痒みを止めたがるとはどうにも思えねえんだよな・・あんのかな?痒み止めなんて・・」


とにかく、本当に辛そうなので仕方なく付き合うことにした。釣り好きの八雲も、竿やら針やら、道具があれば買いたいということなので、三人で再び村を目指す。

クソッ!何で海に来てまで二度も山登りしなきゃなんねえんだよ!!


ま、しかしなんだかんだ言っても俺はタグッツォの親友だ。辛そうに首にタオルを巻いて日差しを避ける姿を見せられちゃあ、力の一つにもなってやりたいってもんだ。


再び村についてすぐ、村落の入り口にある海の家風の雑貨屋。ショーケスに薬らしきものが並んでいたので、俺たちは足を止めて尋ねてみた。


 「あー、クスリ、ある?」

 「・・・アル」

「アトピーの薬なんだ、皮膚に塗るヤツ。ねえかな?」

「・・・アト・・・ピィ・・・?」

「・・なんてのかな、痒いんだよ、すげえ。痒いの、わかる?」

 「アー!!!アイアイアイアイ!!アンダスタン!」


そういって店主のオッサンは嬉しそうに一つの小瓶を出してきた。

小瓶には大きな蚊のイラストが描いてあった・・。

俺はため息と共にもう一度言った。


 「あのね・・虫刺されじゃないの・・なんだろ・・病気なんだよ、病気。頭がオカシイ

クセにチンポがやたらでかいヤツとかがよくかかる厄介な病気なんだ。」


英語の分からないタグッツォの代わりに、詳細に病気の説明を試みる俺。友達思いだぜ、マジで。


 「ンアー!!ティック?(かゆい?)」

 「ヤー!!ヤー!!ティック!!なあ、タグーよ?」

 「ん!!イエス!イエス!ディック(チンポ)!!!」


似て非なるもの。ティックとディックは大違いだが面白いので黙っていることにする。「痒いの?」と聞かれ「はい、チンポが!」と答える様はなんとも言えぬ風流だからね。


やがて店主はケースの奥から一つの薬を取り出した。周りに描いてあるタイ語は分からないが、少なくともそれが何なのかはタグッツォすらも一発で理解したようだ。

だって今度は虎の絵が思いっきり書いてあるんだもの・・。


そう、店主が取り出したのはタイガーバームだ。タイガーバームの効用が「スースーする」以外に何があったのかは失念したが、少なくとも俺にはアトピーに効くとは到底思えなかった。


 「おい・・ヤべえんじゃねえのか?これ、メンタムだろ?スースーするんだぜ?お前、発狂しちゃうぜ?絶対痛くなるよ!?」

 「アトピーでないお前には分からないかも知れんが、いいか!今の俺にとってはな、痒くなくなることが第一の目的だ。痒いよりは痛いほうがマシなんだよ!!」

 「いやお前!それは蚊に刺された腕が痒くなる前にヤケになって切り落とすようなモノなんじゃねえか?」

 「蚊に刺された程度の痒さと思うな!マンコ面ッ!!」


興奮したときのラッセル・クロウのような狂気を宿したその眼に、俺はかける言葉を失った。今うかつに蚊にでも刺されたら

本当に腕を切り落としてしまいそうな勢いがタグッツォには確かにあった。


 「他・・他はねえのか?もうすこしみんながハッピーでいられるモノは・・?」


店主に再び尋ねると、今度はウドン粉のようなものが入った缶を出してきた。


 「ベイビー・・ポンポン・・・グッド・・」

「おお!ベビーパウダーじゃねえか!!これは買いだよ、タグッツォ!!」

「金でカタがつくなら何でも買う。それを3つほどよこせって言ってくれ。」


明らかに買いすぎだとは思うが、タグッツォの気が済む程のタイガーバームとベビーパウダーをしこたま入手して、雑貨屋を後にする。次は八雲の釣具探しだ。


しかし探せど探せど、釣具らしきものは売っていない。いや、おもちゃのようなルアーは辛うじて見つけたのだがどうにも竿らしきものが見当たらない。

業を煮やして俺は店主に尋ねてみた。


「なあ、竿はねえのか?釣竿は?これ、ルアーだけあってもしょうがねえだろ?」


質問の意図が分からぬ、といった表情で店主は少し考え込むと、今しがた飲んでいた手元のペットボトルを持ち、グルグルとルアーを巻きつけるジェスチャーを始めた。


 「・・八雲さん。どうやらこれに巻きつけてやれって。」

 「ペットボトルにねえ・・河原に遊びに来てるんじゃないんだから・・。大丈夫なのかな・・?」

「郷に入りてはですよ。こいつらがやってるんだからこれが一番釣れるんでしょう・・。」


結局釣竿は諦めて、ルアーのみを入手してバンガローへの帰路へつく。買ったばかりのゲームを家まで我慢できずに

山手線の車内で早くも開封し説明書を読みふける秋葉原帰りのオタクの表情で、さっそくタグッツォがタイガーバームを首筋に塗りたくる。


 「・・効くかい?」

 「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 「・・・!?・・効いてんのか!?」

 「アッフォォォォォンンン!!!!こりゃああガガッガ!!!痛えええェェッ!!!」


ケツに極太のニガウリを突っ込まれたまま、後楽園ゆうえんちのウルトラツイスターに乗せられたかの如き強烈な絶叫が、南国の美しい景観をメタメタに切り裂いた!

  

 「・・まあお前、痒いよりは痛い方がマシだって言ってたんだから、望むところじゃねえか、良かったな。」

 「バカッ!!ちっとも痒みがおさまらねえよ!痒いうえに痛くなってきた!最低だ!」


+1は必ず2になるとは限らない。そんな哲学的な気持ちにさせてくれるタグッツォのアトピー騒動だった。

薬を買いに行く前よりも遥かに悲鳴の大きさが増したが、皆で何かを成し遂げたような爽やかな気分は俺の心に確かに残った。

一日一善。この気分のまま俺は昼寝するぜ。またな。