竹を編みこんだバンガローの外壁から光がこぼれる。朝だ。


自然と早く目が覚めるのは本当に久しぶりだ。この島の電力(ダイナモによる自家発電)が毎日夜十一時に切れて強制的に真っ暗になり

どうしても早寝になってしまうのと、日が昇ると暑っ苦しくて寝ていられないのが原因だろう。


シャワーを浴びて食堂(レセプション)に向かう。すでにパクチィ、朽犬が席についてサンドウィッチを食っていた。

やがてメンバーも一人、また一人と集まってくる。


 「今日、食事を終えたら水とバイクを調達しに村まで行く予定だ。」


パクチィが木曜スペシャルの川口隊長の口調を真似たように言い放った。


このビーチから山道をたどり15分ほど歩くと、裏の村落に出る。一応市場らしいものがあるのでそれなりのものは揃うが

なにもなあ・・暑い中、山道歩いてまで買いに行くほどのものでもねえだろ・・水は。ちょっと位高くてもここで冷たいのが買えるじゃねえか・・。


そう言おうか迷ったが、朝っぱらから口論もつまらないと思い、やめた。なに、レクリエーションだと思えばいいんだ、どうせやる事ないんだし。


食後、頭にタオルを巻いて、おのおの山道を歩く。自然とスタンド・バイ・ミーを口ずさむ俺たち。いいね、小学生の遠足気分で。


「おい見ろッ!!」


パクチィ隊長が叫んだ。指差すほうを見るとすぐに俺と朽犬はその変化に気付いた。 


「あああッ!!アリ塚がなくなってるゥゥ!!あんなに沢山あったのにッ!!」


去年、年老いたメス犬の乳首のようにドス黒くとがったアリ塚があった土手は、津波によって壊滅していた。

アリにとっては箱舟を作る余裕すらない、旧約聖書以上の大粛清だったであろう。


牛や鶏などの家畜は無事なようで、気の抜けた鳴き声がそこかしこから聞こえてくる。

思えば去年来たときは鶏インフルエンザの真っ只中で、鶏を見たら息を止めて駆け抜けるほど俺たちにとって奴らは脅威だった。

朝方枕元で「コケコッコー!」って鳴かれたときには、借りてきたばかりのAVでオナニーしようとした瞬間に、突然空襲されたような衝撃があったもんさ。


思い出にふけりつつ深い緑の中を歩く。虫の声、パームツリー、太陽。体一杯の自然を感じながら十五分ほどで山を越え、反対側のふもとへ降りると突然景色が開ける。

カルデラの岩肌を持つ山々に包まれるように平野が広がり、そこを突き抜けるように一本の舗装道路(舗装というにはあまりに荒っぽいが・・)その道路に沿って細々と商店が立ち並んでいる。


ひときわ大きな建物に目をやると、開け放された窓の向こうで子供たちが机を並べて勉強をしている。

どうやら小学校のようだ。広い校庭にはサッカーゴールがあり、その向こうには海がパノラマに開けている。すげえいい環境。


前を通ると物珍しそうにこちらに目を向けてくる子供たちと偶然目が合ったりすると、照れて目を伏せてしまうあたりが何とも可愛らしい。

俺は子供はあんまり好きじゃあないけども、海外に出るととたんに黒柳徹子か俺かというぐらいのユニセフ親善大使ぶりを発揮することで有名だ。

いいね外国の子供は、ナマイキな日本語喋らねえから。


村で、いや、島で唯一の旅行代理店に入りバイクを借りるパクチィ。どうせ※難クセつけて俺には貸してくれないのが分かっているので、全く関与せずにその場を離れる俺。


難クセの例 集中力がない、調子に乗りやすい、怪我しそう、ムチャをする、悪ふざけ、酒を飲む、一人っ子、高校時代仲良くなかった、etc・・。 


早速、借りたバイクで走り出すパクチィ。ケツに朽犬を乗っけて先にバンガローまで送るとの事。

置いて行かれた俺、タグッツォ、八雲とテケは、わざわざ暑い中山を越えてきた割に、大した意義も見つからないまま戦利品の水ボトルを抱えて、早くも徒歩にて帰途についた。 


途中の山道に再度差し掛かる頃に、朽犬を無事送り届けたパクチィが折り返して戻ってきた。


「俺ものりてえッ!!」


好奇心が湧くと後先が見えなくなる男、タグッツォが叫んだ。こういう奴がサルや鶏とファックして

エイズや梅毒を人間界に持ち込んだのかと思うと暑さも加味してひときわカンに触る。


 「やめとけ。見ろこの大地を、デッコボコじゃねえか。エキサイトバイクみてえに空飛んじまうぞ?こんなとこで怪我してもつまんないぜ、な?」


そんな俺の愛情溢れる忠告も、セミの声にかき消されタグッツォの耳には届かなかったのか、やおらバイクに跨ったかと思うと

あまつさえ八雲に「後ろに乗れ」と言い出す始末!死ぬなら一人で死ね!!


人からの頼みを断ったことがない八雲は、しかし割と楽しそうな顔つきでタグッツォのバックシートへ板橋区名産のヤンキーのように跨った。


 「行くぜ!!」


軽快にひねるアクセルとは裏腹に、悪路の山道と二人乗りの坂道という悪条件のせいで、墜落寸前のUFOのようなフラフラした運転になっている。

転ぶのも時間の問題と思われた次の瞬間、落とし穴かと思うような穴に見事にはまって転ぶ二人!いわんこっちゃない!!


どう見ても八雲のほうがバイクの下敷きになって痛そうだったので、まず八雲の元に駆け寄る。

「大丈夫」といっていたが、その表情からは5分前の笑顔は完全に消えていた。


大きな怪我もなくて一安心だが、もうタグッツォ一人先にバイクで行かせて、俺たちは再び徒歩でのんびりとバンガローを目指すことにした。


ウーン。この買出し、いいことねえなあ。パクチィのバイク欲を満たしただけじゃねえか!クソッ!


煮えそうになる腹を抑えて、俺は部屋に帰ってシャワーを浴びた。仲良く、仲良くだぜタカシーノ。せっかくのパーティーじゃねえか。なあ・・。

 

疲れた体をベッドに横たえると、すぐに寝入ってしまったようだ。気がつけば三時も回ろうとしていたので、皆の様子を探りに行くことにする。


隣のバンガローのタグッツォを訪れると、丁度良くテケレツもいた。二人してさっき村で買ったハンモックで遊んでいる。


「この体勢気持ちいいよ?やってみ?」

「あ、ほんと、いいねえ。ちょっと揺すってよ」

「おいー。ずるいぞー!俺にもかわれよー」


そんな会話が聞こえてきそうな彼らのやりとり、その様はまさしくホモだ。

「パクチィたちは?」

「なんかビーチの果ての何とかって店に行くとか・・」

「ああ、ビッグホープか?」

「なんかそんな名前だったかな?」


話を進めるに当たって、どうしてもビッグホープについて説明しなければなるまい。


それは去年ここジャム島を初めて訪れたとき、ビーチの果てに夜かすかな光が点っているのを見つけたことに端を発する。


前述したとおり、この島の自家発電は午後11時で停止する。以後は明かり一つない状況に陥るので、たまに寂しさを覚えたりもするのだった。


しかし、その明かりが消えた状態で、なおひときわ輝くビーチの先端のかすかな光。間違いない、あれは酒の飲める場所だと気付くのに時間はあまりかからなかった。


夜光虫で照らされる波間の光を眺めつつ、俺たちはフラフラと走光性を持つ昆虫の様にビーチの端を目指した。

途中、バンガローに居つく野良犬の「フィー・フィー」が道案内をするかのように俺たちに併走してきた。月と海と犬、なんとも言えぬ風流だ。


果たして予感は的中した。明かりの正体、ビーチの端には「ビッグホープ」と書かれたオープンカフェ調のバーが佇んでいた。


 「ナニノムー?」


目のクリッとした、しかしどちらかと言うと日本人顔のタイ女が突然注文を聞いてきた。


 「あ?ああ・・ビール。チャンビアーを三つくれよカワイコちゃん?」


彼女、ニーと名乗るその子はまさに純朴という感じにはにかむと、店の奥へグラスを取りに行った。


俺たちがニーに惚れるのに3分とかからなかった瞬間だった。


その後も俺たちは通いに通った。雑談し、酒を飲み、ある日はビーチにひいたゴザの上にタイまくらを置き、皆で横になりながら星を眺めたもんだ。


少しずつ親睦が深まっていく中、ひときわ心の距離を縮めたのが他でもない朽犬さんだった。

ニー好みの顔だったのかどうかは分からないが、二人はよく一緒に話していたし、ニーの愛嬌溢れるいたずらにより

朽犬が素足にグラスの氷をつけられて、しかし嬉しそうに奇声を上げるその姿に、なんとも「ラブひな」を見ているような甘酸っぱさを感じたもんだ。


しかし残酷なのは時の流れよ。程なくして俺たちはバンコクに帰るその日を迎える事になった。

朽犬はへこんでいた。仕方あるまいよ、名前の割に純粋なところがある彼だ。


うまく行くとか付き合うとか、そんなことじゃない。これが恋と言わずして何が恋か。


朽犬は出発の朝、最後の別れを惜しみにビッグホープへ向かった。


一時間?二時間?二人の間にどんな会話があったのだろう。

当然伺い知ることなど出来ないが、再び俺たちの元に、現実に、日本側に戻って来たときの朽犬の顔はなんとも晴れやかな、涼やかな笑顔だった。その様まるで前田慶次!


「おやおや、一発抜いた後のなめだるま親方みたいな笑顔を浮かべやがって。波の音を聴きながらのヤチバイとのファックは一際でしたかぁ?」


思わず口を滑らす俺に、モンスーンによって一気に吹き飛ばされる家屋のように爽やかな気分が霧消して、呆然とする朽犬がそこにいた。

フンッ!自分ばっか楽しむから悪いんだい!


こうして去年のサマー・オブ・ラヴは幕を閉じた。で、今年。津波の影響は果たしてどうなのだろうか?

ニューバンガローの被害は、言ってもそこまでではなかった。なんだかんだ言って俺だって、もう一回ニーに会いたいし、もう一回ビーチで酒を飲みたいんだよ。


しかし結果は惨敗。昨日の夕方メンバーで様子を見に行ったところ、リヴァイアサンでも召喚されたかのような見事な壊滅っぷりでした。


 「ダメダメ!これ以上行けない!そこにね、タイ人の女の子が立ってジーッとこっちを見てるんですよ!!」


あまりの廃墟っぷりに思わず稲川淳二とテレビクルーの物まねをする俺と八雲。


 「なんだ汚ったねえ!こんなの落ちてたぜ!?」


店の裏から流されてボロボロになったメニューを拾ってくるタグ&テケ。ニーが得意そう  

に開いて酒を勧めていた、思い出のメニューだった。


ヤケになってはしゃぐメンバー。そんな中朽犬はただ一人、曇る笑顔を必死で堪えていたように見えた。・・漢。


また一つ、思い出が潰れちまったって話さ。悲しいよ全く。


 「で?朽犬とパクが?」


タグッツォに尋ねた。どうも今日も二人して廃墟・・もといビッグホープに向かったらし  

い。


 「何でも掃除をするとか何とか・・で、終わったらそこでボブ好き草をくゆらせるって・・」

 「はぁ?あいつら抜け駆けする気じゃねえだろうな!?しかし掃除って・・どこまでも女々しい野郎だぜ。」

 「問題はさ、いつあっちに顔出すかなんだよね。早く行って掃除なんか手伝わされるのは絶対ゴメンだし、かといって吸う間際に行ったらなんか分けてくれなそうな気がするし・・」


タグッツォらしからぬ計算高い発言だった。なるほど最もだ。相談の結果、掃除が終わる

であろう十分前くらいを狙って行くことにした。


十分に時間を潰し、夕暮れ間近の時間帯に俺たちはビッグホープ(跡地)へと向かった。