時間の流れが確実に緩やかなこの島。誰もがのんびりと自分の時間を過ごしている。ひたすら海に潜り続けるもの。木陰で本を読むもの。

この旅でこんなに落ち着いた時間を過ごすのも今日が初めてだという気がする。ひとしきり泳いだ俺とパクチィはベンチに腰掛けていた。

 

 「なんか変わった形のベンチだな」

 「ああ、バナナみてえだ。座りにくいなあ、全くタイ人のセンスってのは・・」

 

そんなところに、やることが全くなくてあからさまに手持ち無沙汰な顔の宿のママが現れた。

 

 「ボーイズ。楽シンデル?」

 「ハイ!ママ。ジャムは最高の場所だよ。今も一泳ぎしてきたところさ。」

 「全くクールなリゾートさ。俺ら今、日本のクソ仕事でたまったストレスを洗い流しているんだ。マンコを丹念に舐めるようにね。」

 

それは良かったという表情のママ。ここで俺はジャーナリストという名の野次馬となって気になっていた質問を口に出した。

 

 「ねえママ。この島は津波の被害にあわなかったの?見た感じ、あまり打撃は無いようだけど・・」

 「ソウネ、コノ島ハ無事ダッタネ。ソレデモ波ハ、ミテ、アンナトコマデキタヨ!!」 

 

指差すほうに目をやると、なるほど、二件ほどのバンガローがピサの斜塔のように傾いている。

特に手前のものは壁がなくなっていたりと見る影も無く壊滅している。

 

「・・なるほど・・少なからず被害はあったんですね。お悔やみ申し上げます。」

「・・バンガローダケジャナイ船モ・・」

「船!!船を買ったんですか!!!すげえ!!!」

「新シイノ二ヶ月前ニ・・」

「見せてくださいよ〜!!どんなのですかぁ?」

 

するとママは、レイプ犯をマジックミラー越しに指差す被害者のような顔になって俺たちの座っているベンチを指差した!!なんてこった!!

よく見るとひっくり返ったボートじゃねえか!!これ!!!

 

「・・お悔やみ・・申し上げます・・」

「マダ・・二ヶ月ネ・・」

 

気まずい思いにいたたまれなくなり、俺はシャワーを浴びに部屋に帰った。トラウマにナンプラーを塗りこめるような真似をしてすまなかった・・ママ・・。

 

遮るものが何もない島の夕日。水平線に消えていく雄大な日没を眺める。そんな幸せを体験できる選ばれた人間はそういないと俺は信じる。

はっきり言って美しすぎる。鳥も、虫も、空の色も、今までの見てきたものが偽物なのか、それともここが幻想なのかは判断しがたいが、圧倒的であることには間違いがない。

 

そしてそんな夕日を浴びつつ、俺たちはディナーを始めた。この島の飯はタイ旅行を通じても1、2を争うほど旨い。

新鮮な野菜にビネガーと刻みニンニクをかけただけのシンプルながらも味のあるサラダ。

こってりとした味わいのプラヌック・クラティアム(イカのニンニク炒め)。

野菜たっぷりの絶妙な味付け、最強に旨いと評判のカオパッ・パ(野菜チャーハン)そしてホットパンというスペシャル料理。

 

チンチンに熱した鉄板に野菜炒め(スタミナ定食のようなもの)を一気にぶち込んで持ってくるのだが

蒸気機関車のように煙を吹くのではっきり言って何が入っているのかは正直よく分からない。

その見た目のハデさ故、注文すると必ずといっていいほど皆の注目を集められるので、見栄っ張りな俺たちは去年一晩で三回くらい頼んだこともあった。

さすがにみんな辟易としていたけどね。

 

「うぉぉぉ!!!なんじゃこりゃああ!!!」

「アホだ!!バカが冗談で作った料理みてえだ!!!」

「この料理のルーツは間違いなくタイ料理じゃないよね・・」

 

アガる難民一同。変わったものなら何でも好きなメンバーは案の定ホットパンに感激してくれた。

津波の被害が少なからず残るこの島で懸命に暮らすスタッフを背後に、煙がモクモクするだけの料理をヒャーヒャーありがたがる姿は、今思うとちょっとアレだが

ここは楽しんでこそ供養だろう。あ、ちなみに誰も亡くなってはいないですよ、ここの島では。ボートがひっくり返ってボロボロになったくらいで・・。

 

水平線に一筋の光を数秒だけ残し、夕日は海に沈んだ。

途端に暗くなる辺りにあわせて、食堂の明かりが点される。晩餐も終わり、おのおのが島の空気をかみ締めていた。

 

思えばハードだった。成田からバンコク、クラビー、そして島にいたるまで休みという休みが無かったと思う。それはひとえに俺たちが毎日酒を飲んでいたからなのだろうが・・。

ともあれ、こうして波の音を静かに楽しみながら、グラスのビールを空ける。そんな緩やかな時間を味わっていると本当に異国に来たのだな、と改めて感じた。

 

「浜辺で飲まねえか?」

 

パクチィが言った。朽犬は聞くが早いかバンガローにウィスキー(スペイローヤル)を取りに戻り、俺たちは氷とソーダを特別にテイクアウトしてもらい

夜の砂浜へ向かった。島の醍醐味はやっぱり夜の浜辺だ。

 

プライベートビーチ。そういっても過言ではないほど、長く続く海岸線には人の気配が全くない。明かりは少なくカンテラがなければ3m先も見えない。

今、この島は完全に眠っている。おそらく海側から眺めたら、俺たちのこのバンガローと、他二、三件の同業の明かりが点のように見えるだけであろう。

 

逆にこちらからは、沖で漁をする漁船の明かりが多数見える。カンテラの光が揺れると、波間に光る緑色の夜光虫がひときわ幻想的に輝き

目を上げれば心を奪われるほどの振るような星空が輝く。

 

瞬間、足元が蒼く照らされた。明るい、と思ったほどだ。月が雲間から現れたのだ。

その大きさ、その蒼さは周りの星の輝きを消してしまうほどで、空の蒼、波間の緑、沖の七色がメンバー全員の言葉を奪った。

 

俺はグラスにウィスキーを注ぎ、夜の冷たい砂浜に横になると、一口含んで氷の解ける音を楽しんだ。

 

「なんだかさ・・俺たち死んじまったみたいだな・・」

「死んだ?」

 

パクチィが言葉を続けた。

 

「こんなところが地球上にあるなんて信じられねえ、色も音も。きっともう俺たちは死んじまって、天国にいるんだ。地球は、もといた場所はあの空の星のどこかにあるんだと、そう感じ

たのさ。」

「・・珍しく詩的じゃないか、ヤドカリがアナルにでも入ったのか?」

 

パクの気持ちも分かる。ここでロマンを感じない人間なんていないだろうよ。酒といえばバカ騒ぎの俺たちも、珍しくしんみりとグラスを傾けている。

朽犬がスピーカーからスカタライツのキングタビーミックスをかけてくれた。

ダブの心地よい残響音が夜の島に響くと、虫や鳥の声までもがまるで曲の一部のように感じられ、音楽なのか自然の音なのか、その境目すらも曖昧になった。

 

誰が口を聞くともなく、俺たちは珍しく静かに夜を過ごしていた。