部屋は、俺タグッツォ、テケレツ八雲、そして二千万パワーズに割り振られた。

テケレツと一緒に暮らしているタグッツォが、どうかこれ以上、旅先でまであいつと一緒にしないでくれ!と陰腹を切るのも辞さない勢いで訴えるのでこうなったのだ。

 

クーラーの聞いた部屋に飛び込み、すぐさまホットシャワーを浴びる。シャンプーってやっぱり温かいお湯で洗ったほうが気持ちいいなあ!!

と単純だけどステキな再発見をしてバスタオル一枚でフカフカのベッドに横たわり、やおらケーブルテレビをつけて、備え付けの冷蔵庫からギンギン冷えたビールを出して喉に流し込む!

ウーン今オレ、マーロンブランドみたいに渋いバカンスを過ごせているなあ!どっかのテラスからギンギンのビキニの金髪ネーちゃんとかが俺を誘惑してもおかしくねえ!!

 

「お一人なのかしら?」

「君こそ」

「私はたった今、ステキな人を見つけたわ」

 

そういってグラスを傾ける二人、そんなイメージを頭一杯に膨らませて楽しんでいたが

入れ違いにホットシャワーを浴びて、興奮したバスタオル一枚のタグッツォが、まるで目を覚ましたらスポーツ狩りにされていて驚愕したマイケル・ジャクソンのような奇声を上げているので、そのイメージは脆くも崩れ去った。

 

汗を流したら腹が減ったので、俺たちはメンバー総出で飯を喰いに行くことにする。

 

この街、クラビータウンには何故かイタリア料理屋が多い。

おそらくは旅行か何かで訪れたヨーロッパ辺りのヒッピーがこの楽園の町を気に入って、女をつくり、家庭をつくり、子供をつくり、気が付いたらタイ人になって店を出していた、といった所だろう。

「出来るのは料理だけ」というのがよく分かるそのダレた風貌に違わず、他はともかく味だけは良い。接客は働き者のタイ人女に任せればいいんだしね。

 

「ボレロ」という店が大通り沿いにある。イタリアの国旗をさも母国のように掲げているが、経営しているのはバリバリのタイ人。真っ黒です

でもこの店長、愛想もよく物腰も柔らかく、サービス精神も旺盛でおまけに料理もうまい。タイ料理も食えるしいいとこ取りなのである。

 

去年もココで、とろとろにソースの絡まったカルボナーラとしっかりと焼き上げられたピザ・マルガリータ、そして何故か一番うまかったトム・カー・カイ。

ま、タイ料理だし当たり前ッちゃ当たり前か。トムヤンクンベースの甘酸っぱいスープにココナッツクリームを足してよりマイルドにしたこの料理、中に入っている鶏肉もとても柔らかくってちっとも嫌味じゃないのよ!!(栗田さん風by美味しんぼ)

 

今年もまずはクラビー名物イタリア料理のこけら落としにここ「ボレロ」を選んだ。

普段、隙があればはなまるうどんばかり食っているメンバーにとっては、イタリア料理など宇宙食ばりに食う機会の無いものに違いない。そんなお前らに俺からのプレゼントさ。

 

「こいつらにスパゲッティを食わせてやりたいんですけどいいですかね!?」

 

勢いよく店に呼びかけるが返事が無い。奥から女の子が拙い英語で何かを尋ねている。

 

 「・・君、この店の子?マスターは?」

「アー、アウト、ナウ」

 

またも思い出の人物に会い損ねたと本気で落ち込みそうになったが、もうすぐ帰ってきますよ、食材の買出しです、というギリギリのフォローで何とか気持ちをつないだ。

 

ビールを注文して場を持たせる。懐かしい場所で飲む酒がいつも以上に俺を饒舌にさせる。

 

「マスターってのはさ、まるでジョジョのトニオさんみたいなんだ。」

「・・へー」

「シュッっとしてて、なんつーかタイ人らしくないんだよ、繊細そうで。ほらッ!そこのカヅラ編みのランプなんてマスターが自分で作ったんだよ!」

「・・ほー」

 

初期ファミコンの音声合成でやっとこ喋っているようなやる気のない引いた声を上げるメンバー。そりゃあマスターをやたらリスペクトする俺も大概ホモくさかったけどな!

 

と、そこになにやらイカつい体つきの、サングラスをかけた白タンクトップ男がズカズカと入ってきた。

場違いな奴、と思って全身を見回すと、金のチェーン、筋肉質、昨今の長渕 剛を彷彿とさせるマチズムっぷり。ホモだこりゃ!ホモだこりゃ!

 

「オォォォォ〜ハァァァ〜イ!!」

 

瞬間、俺に笑顔で話しかけてくる男、え!?まさか!マスター!?

この一年で何があったのか、彼はイケてないラッパーのようなファッションに身を包み、そのガタイも一回り半くらい大きくなったように感じた。

去年誠実そうなイメージを抱かせた彼は、今年は女(男?)好きのダメタイ人のようになっていたのだ。店は大丈夫かよ!?  

 

タグッツォは、ホモアラートが体の中でけたたましい音を立てているらしく、急に押し黙ってしまった。仕方ねえ、取り合えず注文だ。

 

去年の定番を一通り並べてもらい、空腹に任せて俺たちはそれにかぶり付いた!

 

「ああ・・あ・・このカルボナーラ・・とろけちまいそうだよ!!」

「このトム・カー・カイもよう!!絶品ですよやっぱり!!」

 

盛り上がる俺、パクチィ、朽犬の前回旅行者組を尻目に、他のメンバーが意外なほどドライだ。なぜ?あ、わかった!あんまりにも上等すぎてビックリしてんのか!

 

「・・なんかしょっぱくね?」

 

タグッツォが呟く。可哀想に。かつて奴が今よりもさらに貧乏のドン底にのたくってた頃、毎日食べていたと言う通称「塩パスタ」、ゆでたオーマイスパゲッティに塩を振っただけのそれに比べれば、そりゃあ味も濃く感じるだろう・・。

 

 「ああ・・なんか・・いや・・旨いんじゃない?・・多分」

 

ジャンクフードと酸性雨と排ガスの街板橋で生まれ育った八雲には、イタリアの青い空は遠すぎたようだ。

 

「お前らなあ、ちゃんと感じろよ!タイ人だよ?タイ人がだよ?ココまで本格的に作ってんだぜ?」

「そんなこと言われても・・欽ちゃんの仮装大賞じゃないんだから・・ポイント上がんねえよ・・。」

 

さっきから口に入れたきりマズそうに咀嚼してるテケレツが、手に抱えたボンゴレ・ビアンゴを差し出してきて言った。

 

 「これは・・ひどいよ」

 

俺はワガママなガキを叱りつける目でそれをひったくると、白ワインとアサリの風味の香るそのパスタをフォークに巻きつけて口に入れた。

 

 「オゴォォッ!?」

 

全くアルコールが飛んでねえ!!なんじゃこりゃああ!!!

中途半端なアサリの風味と、安ワインの渋みが渾然一体となったこの生ゴミは、そう、例えれば和民であさりの酒蒸しを食いながら安酒飲んで悪酔いし、帰り道で吐いたゲロと同じ味がするのだ!

 

 「・・スープはうまいだろ・・?トム・カー・カイはさ・・」

「うん・・まあ・・」

 

マスター!!お洒落なんか後にして、あの頃の純粋な瞳を思い出して!!こいつら完全にあんたの腕を疑ってるよッ!!

 

結局、味覚の違いが露呈する後味の悪い会食になってしまった。何もかも思い出通りに行かない憤りを抱えつつ、宿へ戻る。

その後、ひとしきりグルーミングを終えたメンバーはパクチィの部屋に集まってさらに昼酒をあおる事に。

明日の島行きのチケットは取ったし、飯は食った。この街でやることなんてもう無いからな!

 

スペイ・ローヤルというタイのウイスキーを氷の入ったグラスに注ぎ込むと、懐かしい音が響く。1年前、同じ場所で同じ物を飲んだ思い出が湧き上がる。

結局ウィーザーの1stアルバムを一番聴いちゃうような思い出大好きッ子の俺やパクチィにしては堪らない瞬間だった。

 

せっかく来たんだから外で飲めばいいのに、と思った人もいるかもしれない。だがしかし!去年来た三人、少なくとも俺にとってはココが最高の場所であり、此処こそがクラビーなのだ。

 

 「今日は・・・飲むぞォォォォォォ!!!!!!!!!!」

 

別に今日じゃなくても、タイ上陸以来三時間と飲まないときなんて無かったのだが、思い出の場所に来たこと

そしてその思い出のほとんどが去年とはだいぶ変わっていたというやるせなさが俺たちの気持ちにブーストをかける。何でもいい、スカッと飲んでしまいたいのだ!

 

・・朝もやの様にぼやけた記憶を残し、気が付くと俺はベッドに横になっていた。

タグッツォは何故かベッドメイキングを崩さないように気を遣い、ぴっちりとしたシーツの隙間に体をねじ込んでツタンカーメンの様になって寝ている。

枕元には先程取り上げたはずの美味しんぼ十七巻「エイと鮫」がしっかり置かれていた。わざわざさくらから借りてきたらしい。

 

時計に目をやると時間はもう夜十九時を回ろうとしていた。宴会を始めたのが昼の三時過ぎぐらいだと思うので、かなり長い昼寝になってしまった。

 

このまま朝まで寝てるのももったいなく思い、タグッツォを揺り起こして軽く屋台でも冷やかそうと誘う。

寝ぼけながらも支度するタグッツォを待ちながら隣の八雲、テケレツの部屋も覗いてみる。

 

深夜ギルガメッシュナイトを親に隠れて見ている思春期の少年のように、真っ暗な部屋で静かにケーブルのWWFを見ている八雲、隣のベッドではグッスリとテケレツが眠っていた。

 

 「メシ・・行きますか?」

「うーん・・いいや。なんか・・疲れた」

 

そう呟く八雲はかなり疲弊しているようだった。無理もあるまい。ついこないだ、というか三日前まで仕事もせずに板橋で引きこもっていた男が、息をつく間もなくバンコク、ひいてはタイの果てまでスッ飛ばされたのだ。初体験で間違えてアナルに突っ込まれたくらい体中の細胞がビックリしたのだろう。

 

結局、俺とタグッツォとパクチィの三人で夜のクラビーへと繰り出すことに。

この街には、付近に点在するビーチ、アオ・ナンやライ・レイに向かうボートの発着点となる大きな川がある。その川べりに、日暮れと共に様々な屋台が並ぶのだ。

 

暫く歩くと、様々な屋台とは言ったものの所詮はバーミー(ラーメン)、パッタイ(焼きそば)程度のものしかないことに気付く。

と、そこに、イスラム系のタイ人?がうちの店で食え、うちの店で食うべきだ!と、しきりに俺たちを誘ってきた。

 

「どうするよ・・こいつこのままじゃホテルどころか日本までついてきそうな勢いだぜ?」

「いいよ、食っちまおうぜもう。どうせどこで食ったって同じ様な味だろ・・」

 

その見解、これが大きな間違いだったことは五分と待たずに運び込まれた料理の匂いですぐに分かった。

 

俺たちが注文したのはゲ―ン・キャオ・ワン。グリーンカレーと呼ばれるタイを代表するカレーだ。

青唐辛子のエッジの効いた辛さにココナッツミルクの甘味が織り成すハーモニー・・こう書くと大層月並みな言い方だが

とにかく絶妙な味のバランスに成り立っている素晴らしいカレーなのだ。

 

ところが今宵俺たちの前に姿を現したそれは明らかに違っていた。

青唐辛子、構成元素はそれだけと言わんばかりに強烈な匂いを発している。

ココナッツの香りどころか、具すら、ゴロゴロと無駄に転がっている青唐辛子以外見当たらない。

 

 「なんだこの凶悪な料理は・・何か嫌われるような事した心当たりのある奴いるか・・?」

 「味の暴力だな。言うなればカレー界のブルーザー・ブロディか・・」

 

毒見係には死んで困らないもの、本人納得済みの全会一致でタグッツォがその名誉職を任されることになった。

 

しかし手に取ったスプーンを口に運ぶ途中で早くもむせ返るタグ!

 

「催涙スプレーと同じ成分、いやむしろそのものを温めて出しただけなんじゃねえか!?近付いただけで目が痛え!!」

 

確かに物凄い瘴気を放ってはいる。タグッツォが勇気を出して口に放り込むと、ドラゴに殴られたロッキーのように顔を歪め、一言「ギブ」と言った。

 

美味しんぼにて語られる料理の文化や起源。

従来のそれとは全く異なる進歩の道をたどってきたジャンクフードの街板橋にて、海原U山が狭心症を起こすような激辛ラーメンなんぞを食べなれているはずの俺やパクチィでさえ、二口と食えなかった。

 

「日本人としては、食べ物を残すのはあまりよろしくないなあ。」 

 

俺は悔しそうに訴えたが、すぐさま二人に、

 

「食べ物ならな。これは違うだろ。見ろよこの禍々しさ。悪魔でも召喚できそうだぜ?」

 

結局、飯を食いに行ったのにロクに飯を食わずに帰ってきてしまった。何たる徒労!このまま部屋に帰るのも癪なので、Aマンションの隣のアイリッシュパブで一杯引っ掛けることにした。

 

薄ら暗い店中には、カウンターとテーブル数席、ビリヤード台と上方にテレビが数台あり、まさに片田舎のパブと言った感じだが、なかなかに雰囲気がいい。

あと、姉ちゃんが可愛い。これは今まで見たタイ人の誰よりも可愛かった。したがっていい店だ。

 

「今年は人が少ねえな。去年は人目も気にせずハシャぐ白人ばっかりですげえウザかったのに。」

「いいことじゃないか。TUNAMIが白いゴミまで洗い流してくださったのさ。」

 

パクチィがエスプリの効いたジョークを飛ばす。クールだぜ、パク。敗戦国の北極星よ。

 

サンドイッチと懲りずにビールを頼む。サンドイッチはフレッシュでうまいが、さすがに酒は進まない。

と、そこに、今起きたばかりといった表情の朽犬、テケレツ、八雲が偶然通りかかった。

 

これから夜食、と言う彼らにさっきのカレー屋を教えて、その寝ぼけたツラに一気にチャクラを流し込ませてやりたかったが、やめた。

食う気マンマンで行った俺らでさえ、あんなにダメージを受けたんだ。今のこいつらには、息苦しくて目を覚ましたら顔に素っ裸の細木数子がまたがっていたのと同じくらいのショックを与えることになるだろう。

 

代わりに飲みきれないビールを勧めたが、酔いつぶれて今起きたばかりで、今一番飲みたくないのが酒とあっさり断られてしまった。

 

テレビに目をやると、90‘sUKロック特集らしき番組が流れている。なるほど、だからさっきからオアシス、パルプなど懐かしい面々が出てきてるのか。

続けて流れ出したブラーのパークライフを聞いて俺はうっすらと高校生の頃を思い出し、残りのサンドイッチを平らげた。

 

明日はとうとう悲願の島だ。しかしここに来てみんな疲労のピークに達しかけている。

特に今日は朝から一日神経を使うことばっかりだったしな。こんな調子で島での暮らしを楽しめるかなあ・・。なにやら不安。