カルデラの赤い大地と、石灰質を含んだ鍾乳壁を思わせる岩肌。パームツリーにマングローブ。

暑さはひときわその強さを増し、まとわりつくような湿気を含む空気と共に南国の情緒を一層際立たせる。

 

午後12時、南中のもっとも熱い時間に、俺たち難民はとうとうタイの南の果て、クラビーに到着した。

 

思えば絶望的な状況だった。

 

「めぐり逢えたら」なんてガキの戯言、そんなレヴェルの奇跡的な再会を果たした後も、雰囲気は最悪だった。

カリカリとヒスを起こすパクチィ。放心する八雲と朽犬。傀儡のように後をつけ回すタグッツォとテケレツ。

謝罪せよ!を繰り返す俺。もう楽しむ気分ではなかった。

 

チェックインをして飛行機に乗るときも、俺はムカついていたので一人フリーインターネットのコーナーへ行ってメールをチェックしていた。

 

 「行くよ」

 

呼ぶのも面倒くさいと言った声色でパクチィが呼んだが、俺はシカトして後から行こうと思っていた。

どうせそのゲートをくぐればすぐ飛行機じゃねえか。

 

3分ほどしてアナウンスが流れた、耳を澄ますとどうも俺の名前を呼んでいるようだ。

 

「ミスタ・・ガガッ・・タカアシーノ・・プリー・・ガガッ・・ファイナルコール・・」

 

一日に二度も乗り逃しかけるとは!俺はあわててカウンターゲートに行くと

行きのエアインディアのように飛行機がゲート直で横付けされているのではなく、どうやらここからさらにシャトルバスに乗って

だだっ広い滑走路の真ん中辺りの飛行機に乗るらしい。

そしてそのシャトルバスが、俺がふてくされている間に乗客全員を乗せて出発したとの事。

 

うろたえる俺に、空港職員は大丈夫とステキな笑顔を見せてなにやら無線で連絡を取り始めた。うーんさすがクルンテープ(微笑みの国)。

 

暫くすると、かつて日雇いでポスティングのバイトをしたときに、手配屋に現場まで乗せられたものにソックリな薄汚いバンが来た。

沈黙の車内、運転手は出発を待つ飛行機へ俺を運ぶと、挨拶も無く帰っていた。

 

乗客全員着席している中、一人遅刻して薄ら笑いを浮かべながらシートを探す。メンバーはもう何も言わなかった。

勝手にしたければ勝手にしろ、お前は這え、俺は飛ぶ。

そんな一瞥をくれてみんな静かに離陸を待ち、程なくして飛行機はここまで俺たちを一時間で運んでくれた。

 

港から市内までは、タクシーで20分程度だった。「さくら」という日本人が経営しているカフェに向かう。

クラビーにおける邦人用情報キャンプの様なところで、今回の目的地ジャム島も、去年ここのスタッフから教わったのだ。

 

一年ぶりに訪れるさくら。

テーブル3つほどのこざっぱりとした内装に、奥にはメール用のパソコンが二台と、そして宝の山、日本のマンガがぎっしり詰まった本棚がある。

蜘蛛の糸に群がるが如く、俺たちは両手一杯にマンガをつかみ席に着く。

 

お慰みに注文したスプライトを啜りつつ、漫画中毒のテケレツと俺は久方ぶりの活字(美味しんぼ)を読み漁った。

 

 「・・やっぱ山岡さんは初期の無頼な頃に限るよな・・」

 「ああ・・最近のエセヒューマニズムには反吐が出るぜ。」

 「栗田さんもな・・なんか雄山シンパみたいなとこがな・・」

 

美味しんぼの批評、といっても料理ではなく登場人物について熱く語るのは俺の知る限りテケレツしかいない。

彼はどうでもいいことに時間を費やす天才なのだ。

 

騒音とともにタクシーが店の前に停まる。おそらく夫婦であろう二人の初老の男女が店に入ってきた。

 

 「いやー今日も暑いで!!なあ!!ははは!!兄ちゃんたち!!」

 

関西弁だ。熱い国で聞く関西弁はひときわ耳が疲れる。メンバーの心のシャッターが一斉に閉じるのを感じた。

 

 「なんや、兄ちゃんら、男だけかい!?これからどこいくんかいな?」

「うるせえ!!今漫画読んでんだよ!忙しいのがワカンねえのかこの野郎!!」

 

なんてはっきり言えるような性格であるはずもなく、俺たちは、どうもーなんて適当な挨拶をして、すぐに眼を臥した。

が、湿気のせいで空気が読めないのか、オッサンはひたすら自分の話をし続けた。

 

ここに会話のシーンが挿入されないのは、ひとえに俺が、旅先まで来て聞かされる日本人の馴れ合い話の不愉快さから避けるべく

一切の聴覚を遮断していたからである。旅人は皆仲間、ワンラブ・ワンピース的な発想をもって、やたら社交的な旅行者。

そりゃあ俺も昔はそんな感じだったかもしれんがね。もう、うっとうしいんだよお前ら。捨て犬みてえに懐いてくんじゃねえよこの野郎!

 

「まーでもあれねー。お仕事の休暇でいらしてるんでしょ皆さん。偉いわねー。うちの子なんてバイトバイトでねー。やっぱり就職しないとねえ・・男の子は特にねえ・・甘えてるのよホント情けないわフリーターなんて・・」

 

ババアの言葉が現役無職続行中の八雲にダイレクトに投げかけられた!メンバーに緊張が走る!やけくそになった八雲が吼える。

 

 「・・ま、またっくっすよねー!!フリーターなんてクソの中のクソ!シデ虫以下ですよ!はははは!」

 

アドバンスド・フリーターのテケレツがピクッと動いた。美味しんぼから顔を上げ、義憤をたぎらせる馬超のような表情で劣情をほとばしらせている。

 

 「ねえ、フリーターなんてもってのほかですよ。でも仮に、仮にですよ?フリーターがシデ虫だとして、万が一無職の人間なんていたらそいつは一体全体何なんでしょうかね八雲さん?三葉虫?」

 

八雲とテケレツ、そして自分の息子をシデ虫扱いされたババアが、セレブ同士の会食で連れてきた犬が大グソこいた時のような気まずい苦笑いを浮かべている。おおやだやだ。

 

 暫くして老夫婦は気まずい雰囲気に耐えかねてか店を去った。俺たちは平和を実感すべく再び漫画に目を落とした。

 

 「タカシーノ」

 

パクチィと朽犬が呼びかける。

 

 「Aマンション行ってくんねえか?偵察だよ。部屋空いてるか見て来て欲しいんだ。」

 

何で俺が!と、普段なら返す刀で声を荒げるところだが、この提案にはある思いがある。

 

実は去年、ここさくらで紹介されたゲストハウス、いやゲストハウスと言うには余りに高級。

そう、ホテルといっても過言ではない「Aマンション」という宿に宿泊したのだが、ここがとにかく最高。

 

成人男性の小便と同量のホットシャワー、ケーブルテレビ、空調完備でおまけにビールの入った冷蔵庫まで備え付けてあるので、

バンコクのK‘sゲストハウスはおろかタグッツォの家だって遥かに及ばない豪華な環境なのだ。

 

そしてそこの愛想のいい受付のねーちゃん。バンという名の女の子と俺はとっても仲良くなった。あ、変な意味じゃなくてね。

 

つまりは、せっかく仲良くなったバンを今年は食事の一つにも誘って、このホモ疑惑の離れない男旅に一縷の潤いを与えてみろよ、やれるものなら。

というのがパクチィたちの思いやりなのだろう。それで・・俺に先に行って来いと。

 

 「・・君たちのしてくれたことは忘れない。」

 

言うが早いか、俺は日本でも滅多につけないヘアクリームを出して、久しぶりに髪型を整えた。

汗を拭き、鏡の前でハイ、笑顔の練習。訝しい顔で俺を眺めるタグッツォを傍らに残しいざ出発。

 

食堂などが並ぶ大通りの坂を上り、小学校の角を曲がると静かな通りに出る。

その中ごろにある白い外観の綺麗なビルヂング、それがAマンションと呼ばれる簡易ホテルだ。

 

まだ準備中の隣接したアイリッシュ・パブを横目に、俺はファンの回る天井の高いレセプションへと足を踏み入れた。

去年ここにバンが座っていて、俺たちを迎えてくれた場所だ。

 

「ハロー・・・誰かいるかい?」

 

すぐさま、ハイーと奥から女の声がした。バン!?いるのか!!

 

しかし出てきたのは見覚えの有るような無いような女従業員だった。俺は極力戸惑いを抑えながら会話を試みた。

 

「えーっと、メンバー6人、部屋が必要なんだ。部屋あるか?」

「アルヨ、ベッド二ツノヘヤ」

「じゃあそれ三つ」

 

カオサンで焼き鳥を買うのと同じノリで部屋を押さえることに成功。取り合えず俺に課せられた表ミッションは終わった。

 

 「・・でさ、バンって女の子がいたろ?ここに。彼女は今どうなってんだ?」

 「リーブ(LEAVE)」

 「え!?消えろ!?何言い出すんだ突然!?」

 「ゴーン!シーズゴーン!」

 

裏ミッションは取り付く島も無し。辞めたのか・・。やっぱり・・なんとなくそんな予感はしたが・・。

タイって本当に時間がもたらす変化の多い国だこと。

 

そういや一昨年はタイ携帯の着メロがやっとファミコンレベルに達したくらいでヒャーヒャー言ってたくせに。

最近じゃナマイキに写メールだの画素だのほざきやがるしな!

 

なんのかんのと強がっても、会いたかった友達に会えなかったショックは大きかった。

来たときの半分以下の速度でトボトボと「さくら」へと戻り再び店に入る。どうやら俺がホテルを予約しているうちに

パクチィと朽犬の行動力二千万パワーズが明日のフェリーのチケットを手配してくれていたようだ。

 

それに比べてはぐれ悪魔コンビのタグッツォ、テケレツがニタニタと美味しんぼを読んでいたので、なんとなくムカついて本を取り上げた。

 

 「あ・・あ!せめてエイと鮫の回だけでも!!」

 

すがるタグッツォを、先に俺が読んでた巻だろが!と一喝し、金色夜叉のように突き放した。

八つ当たりして悪かったな、でもお前、ならゴルゴ13読むって、よくそんな美空ひばりがスラッシュメタルを演るような急激な方向転換にすぐ頭が切り替わるな・・。

 

荷物をまとめて一同Aマンションへ移動する。さすがに綺麗なホテルなので、ここに来てタイ初めて組はやっと心が落ち着いたような表情を見せた。

よかったね、束の間の逢瀬を楽しめ、明日からは電気もロクにねえからな・・ククク・・。