「・・・タクシー拾えなかったのかな・・」

 

俺たちが到着して一五分を過ぎても奴等は現れなかった。さすがに何かおかしい、そんな雰囲気を否定することができない。

 

「ハハッ!インフォーメーション前って言ったよね?」

 

タグッツォに思わず半笑いで問いかける。

 

「言ったよォ〜!!言った!絶対言った!!フェフェフェ!」

「言ったよな〜はは、おっかっしいねえ。」

「言ったよ!言った!何やってんだよ全く!」

 

必死で自己肯定を繰り広げる三人。

今にして思えば、もっと事態を改善できる何かが出来たはずなのだが

あの時俺たちの取った行動は、一箇所に固まってお互い「言った」と称えあうことだけだった。

 

・・七時五十分。

 

さすがにおかしい!!何かが確実に起こっている。どう考えても俺たちの到着から三十分遅れることなど絶対にあり得ない!

 

「おい・・あいつらまさか事故・・とか・・?」

 

タグッツォが不安そうに言う。まさか・・とは思うが

バンコクの運転手の荒っぽさを考えると決して無い線ではない気がする。

 

ちなみにこの時タグッツォは割りと本気で彼らの身を案じていたようだが

俺はといえば「俺の払ったチケット代4000バーツが水の泡!?」

以外のことは頭に浮かんでいなかった。

ドラムとギタリストと千葉の犬コロよりも

日本円にして約一万二千円の方がそん時の俺のサイフには重かったんだよ!

 

 「腹が減った」

 

突然の言葉に幻聴かと耳を疑うと、全く緊張感の無いテケレツが空腹を訴えている。なんという神経の太さ!アウシュビッツでお代わり出来るよお前なら!

 

 「状況考えろ!!!」

 

あそこのハンバーガーを買っていいかと尋ねるテケを俺は一喝した。

 

「まあまあ、タカシーノさん」

 

タグッツォが割って入る。

 

「もう八時だし、これ以上ここで奴らを待ってても仕方がない。何か行動を起こそう。」

 

タイに来て初めてリーダーシップを取ったタグッツォは、いつもより大きく見えた。

 

「そうだな、先ずは取り合えず・・」

「取り合えず?」

「取り合えず・・そこのピザハットでも入ろうぜ。腹がねえ・・ええ。」

 

この瞬間を以って、タグッツォ・テケレツコンビは俺の

「タイで困ったときに相談する信頼できる奴リスト」のケツとブービー、No5とNo6に決定した。

 

それにしたってタイで困ることなんて、俺にとって金のこと以外では滅多に無いであろう稀有なシチュエーションなのに

よりによって持ち駒がこいつら二人とは!!

 

「いいか・・もうお前らにはもう期待しねえ。・・だからせめてここを動いてくれるな・・。」

「おお、どっか行くのか」

「そこのマヌケ面のインフォーメーションスタッフに呼び出しかけてもらう。八時回ったし、早くしねえとマジで島にいけなくなるぞ!」

「俺荷物見てるよ!!」

 

テケレツが名乗りを上げた。本当に、本当に心もと無かったが

信頼しないとスネそうなのでカートから床にバッグを放り投げて、まずはインフォーメーションへ向かった。

 

「おい、ちょっとダチを呼び出してくれ。」

焦る気持ちを抑えてなるべく柔らかく言ったつもりだ。

ここにいないメンバーの名前を紙に書いて彼女に渡すと、マイクのスイッチを入れて読み上げた。

「ボジョ・・ボジョジョ・・ボジョ・・ボジョウジョ・・」

 

一生懸命やっているのは分かるが、目の前にいる俺にすらスピーカーから流れるアナウンスは雑音以外の何者にも聞こえなかった。

これで来ますねえ、という笑顔をスタッフに向けられて

俺はクリント・イーストウッドのような渋い笑みを口端に浮かべてテケレツのもとへと帰った。クッソー!!時間のムダァ!!!

 

 いよいよ気も焦ってきた俺たちは、仕方なくターミナル2を探すことに決めた。

 

「俺が行く。お前ら荷物を見ててくれ」

 

ナンバー5(タグ)と6(テケ)にそう言い放つと、奴らも口を揃えて俺が行く、いいや俺が行くといい始めた。

どうやらもう皆自分以外が信用できないらしい。頼む、じっとしててくれ・・。

 

「旅行に関しては一日の長」、春先を彷彿とする激しい先輩風を吹かして結局俺が向かうことに何とか合意を得た。

二階のラウンジ、三階のフードコートを舐めるように探し、やはり居ないのを確認したら

頼りなげな矢印を辿りつつ、いまだ足を踏み入れないターミナル2へと向かう。

 

五分ほど歩くと、出発ロビーのような場所に出た。見慣れない航空会社のカウンターが並び

出発表には「THAI AIR LINES  Final Call」など大変不吉な表示がある・・。

 

俺はしきりに辺りを伺うが、それらしい人影が全く見えない。いや、それらしい人影ばかりしか居ないといえば居ないのだが・・。

実際この人込み、このカウンターの数、この広さから奴らを探すことなど不可能に思えた。

 

「こりゃあ・・ダメかも・・」

 

瞬間!諦めかけた俺の肩を何者かが強く掴んだ!  

 

「何やってんの・・・ハァ・・何やって・・ハァ・・ハァ・・んの・・!?」

 

地獄に犬コロ!!少し顔色の悪い朽犬が息を切らして俺を睨んでいた!!

 

「おお・・?おおおおお!!!!」

 

言葉にならない熱い抱擁を交わそうと、マリアのように両手を広げたが、時間が無い!と言われすぐにタグッツォとテケレツを拾いに行くことに。

 

再びインフォーメーション前に戻り、今度は4人でターミナル2を目指す。

 

「え!?俺が朽犬と会ったところはターミナル2じゃないの?」

「ああ!全然ですよ!!ここから十分くらい歩くよ!!俺もあそこまで見に行っていなかったら

もう諦めようと思ってたところで偶然タカシーノを見つけたんだ!!」

 

居るかどうかも分からない何の確証も無い遠い場所へ、自ら仲間から離れて向う朽犬の気持ちは容易に理解できた。

それは底の見えない海へ潜り続けるような不安だっただろう。 

俺は彼の決断と勇気を称えてやりたかった。しかし今は何より、全員が再び合流することが先決だ!

 

「遠いなあ・・疲れた・・」

「俺は往復してんだよ!!!」

 

気遣いもクソもなく口を滑らせたテケレツが朽犬に叱られた。危なかった、あと3分したら俺が先に言うとこだった。

 

フードコートやお土産屋、およそ見たことの無い場所を通ってとうとう俺たちはターミナル2へと到着した。

チェックインまでは後30分も無い。急いで合流を・・とそこに不動明王のようなご尊顔をしたパクチィと、状況に完全に振り回されて憔悴した八雲がいた。

 

未来に戻れたときのマイケル・J・フォックスの笑顔で手を振って、俺は問題の解決を心から喜んだ!

何が原因でこんなすれ違いが起こったのか分からないが、今仲間が皆ここにいる、それがすべての事実だ。

ところがパクチィの口からは意外な言葉が飛び出した!

 

「何やってんだよ!!マジで迷惑かけんなよ!!」

 

カキッ!っと頭の後ろで骨の外れるような音がした。俺のリミットが外れたのだ。

 

「おいおい!!待ち合わせ場所に来なかったのはテメーらだろうが!!まずそれを詫びろ!!」

 

誰のせいかなんてもう良い、と思っていたのがほんの1分前とは思えない。薬害のクソ役人どもに責任追及するかのように俺は猛烈な勢いで捲くし立てた。

 

「いや、ターミナル2だって分かるだろ?国内なんだから、そこをちゃんと判断しろよ!ガキじゃないんだからさ!!大人の判断でさ!」

 

「バカか!何言ってんだ!!間違いなく集まるための待ち合わせだろう!!だからテケレツですら分かるターミナル1にしたんじゃねえか!!

それを何だ!?間違いに気付いたからって勝手に移動して、ついてこなかった俺たちのせいだと?知ってるか!?

戦場で一番使えねえ奴は、英雄的行為に走るヤツと勝手な判断を下すヤツだって。

お前のやった事は敵陣に兵隊突っ込ませて、敵が多いからここは間違いだ、あいつらも気付いて引き上げるだろうって

増援部隊を待つ俺たちを見捨てたのと同じなんだよ!!」

 

「・・ここは戦場じゃねえし」

 

「ここは戦場だよ!!!!」

 

ヤメテーヤメテーとテケレツが呻く。

旅の要と言ってもいい二人の衝突は、異常に空気を悪くしたようだ。

パクチィの苛立ちもピークに達したらしく、あしらう様な眼を向けるとチケットを持ってそそくさとチェックインカウンターへ向かった。

その後姿、俺がSSだったら躊躇せずワルサーで打ち抜いていただろう。

 

この日より、俺は某国に迫る勢いで謝罪要求をうわごとのように繰り返すようになった。