・・朽犬が帰ってきた。安堵のため息と共に一連の事情を話す。 

 

「何だその倒錯世界は・・タイじゃなくてトワイライトゾーンに来ちまったのか・・ 」 

「まあ、でもなんだ、所詮はカマのケツ野郎じゃないか。万が一ケンカしても勝てるでしょう」 

 

板橋区出身の八雲と俺が、板橋的価値観「“どっち“が”強えぇ”!?」を基調に何とか安心させようとするが、朽犬は冷静に呟いた。

 

「刺されたりとか・・刃物・・力道山も死んだ・・」

 

一気にダークな雰囲気の中、畳み掛けるかのように今度は電話が鳴った!

 

テレビの怪談話でよくあるパターン、学生がふざけて

 

「・・で、その真夜中二時の電話をとった奴はみんな死んだのさ!次はこの話を聞いた奴のところにかかって来るぞ!!」

「マジかよ!?そんなことあるわけないじゃん!ははは!」

 

と、爆笑した瞬間にほんとに電話が鳴って一同が一気に凍りつき顔を見合わせる、あのシチュエーションと全く一緒だった。

取ったら死ぬ。俺の難民センスがそう告げていた。

 

俺は無言で電話線を引き抜いて、気晴らしにおやつ買いがてらの散歩を提案した。

 

「みつかる!!」

 

タグッツォはナチから逃れるアンネ・フランクばりに怯え、頑なに外出を拒否したが

朽犬が留守番していてくれるというので、好意に甘えて15分で帰る、と言い残し無理やり連れ出した。だって俺、ハラ減ってたんだもの。

 

左右の目をバラバラに動かして視点を極力散らす、グラップラー刃牙で覚えたインド格闘技の秘伝「散眼」を駆使してフロントを駆け抜ける。

再び熱いストリートへ飛び出した俺たちは、ジプシーの跡地のある方角へ向かう。

 

「見ろよ・・ここが90年代のバックパッカー達の聖地さ。感じるかい?このヴァイブを!」

 

熱弁こいて振り向くと、きれいな愛想笑いを浮かべた八雲と全く興味のない顔であくびをしているタグッツォが目に入った。

やれ、死んだ馬に鞭をくれてやっても仕方あるまい、思い出話も早々で切り上げて、前述した向かいのうまいタイラーメンの屋台へ向かった。

 

バーミーと呼ばれるこのラーメンは食べ方が選べる。普通のラーメン(バーミー・ナム)と、汁なし(バーミー・ヘン)、いわゆる油そばだ。

 

日中の暑い日差しの中なら、汁なしのほうが食べやすいと思い、俺はバーミー・ヘンを。

八雲とタグッツォは煮えたぎるスープつきのバーミー・ナムを頼んだ。

 

ワンタン、チャーシュー、なども入って一杯60円!うめえ!

テーブルにおいてある調味料、ナンプラーや酢づけの唐辛子などを足して、三人、汗ダクになってワカメ酒のようにすする!ああうめえ!!

 

綺麗に片付いたドンブリを前に一息。どうやら俺の食欲に火が付いたようだ。

 

「なあ、焼き鳥くわんか?」

「え!でも、十五分で帰るんだろ?」

「俺のネヴァーランド製の時計じゃまだ一分しか経ってねえよ。」

 

留守番している朽犬の様子を心配する二人を強引に拉致して、カオサン通りの裏側、名前は知らないがお寺に沿って広がる小さな通りに向かう。

 

最近のカオサン通りは、かつてのバックパッカーの聖地の名残も薄れて、どんどん観光化が進み擦れてきた。

お洒落な白人向けのカフェやデパート、クラブまでもできる始末。アメ横が六本木になったようなもんだ。

 

それに比べてこの小さな通りは、小さな屋台や出店、汚い酒場などが並んでいて、かつてのカオサンの趣を残している。

そばに建つ寺からこぼれる緑も美しく、大変雰囲気のいい場所だ。

 

丁度夕方に差し掛かるくらいの時間、出したばかりの屋台で焼きたてのガイ・ヤーン(焼き鳥)をかう。

鳥のモモの炭火焼で100円!特製タレと焼き加減が絶品!何より地鶏のうまさが半端じゃない。

お汁が!!肉汁が!!「天才料理少年味の助」というクソ漫画のように溢れ出すのだ!

 

これには二人も満足してくれたようで、酒が飲みたくなった、という最高の褒め言葉を賜る。近くのカフェに入ってチャンビアで乾杯。

 

グラスの酒を干して俺は話し始めた。

 

「なあ、バンコク楽しいだろ。」

「うん。カオサンはもっと見たいね」

 

八雲が嬉しそうに答える。

 

 「でも明日はもうクラビー行くんだろ?」

「まあ、日にちが少ないからな、でもやっぱり性急すぎたか・・。」

 

タイは見所が多い。北へ行けば山やら遺跡やらがあり、都市部にはデパート、クラブ、バーなどでナイトライフを満喫できるし、

南へ行けば島でのんびり海を眺められる。つくづく贅沢な国だと思う。

 

そういった選択肢の多さから、必ず好みは別れるものだ。南の島の空気、バンコクの喧騒

俺はどこも好きだが、強いてあげるならやはり一番思い出の多い場所、数々の出会いを与えてくれたこのバンコクだろうか。

 

ところが、パクチィと朽犬は違った。彼らはとにかく島だった。

勿論彼らもバンコクが嫌いというわけではないのだろうが、バンコクでできること、ショッピングやら飲み食いやら夜遊びは東京でもできる、という考えだった。

 

しかし俺はそうは思わなかった。

逆に、彼らの言う「人がいないところ、静かなところでのんびりしたい」という感覚が、ほぼ全くといって差し支えないほど俺には共感できなかった。

実際、去年三人で旅行したときも、こんな遠い島まで来て「のんびり」寝ている彼らを見て、

おいおい、寝ることこそ日本でできるんじゃねえのか!と、正直ちょっとムカついちゃったもの。

 

感覚の違いをお互いで責め合っても仕方ない。問題は、同一のグループに都市部が好きな人間と、島が好きな人間がいるということ。

派手好みと地味好みの人間がいるということ。そしてなお、今回の旅が島中心に回ろうとしていることだった。

 

俺はてっきり、バンコクが好きなのは自分だけだと思っていたので今回の行程に関しては、

島に行きたい人中心でまかせっきりだったが、ここに来てバンコク好きが増えたことで、すぐに島に行くのがなんだかとても勿体無い気がしてきた。

 

またくればいいさ。と二人にたしなめられ。俺たちは宿への帰途に着いた。

 

俺はその一歩一歩を踏みしめて、バンコクの夕暮れの空気を惜しむように味わっていた。