親を全力で殴るようなためらいと共に金を払い、ぬぐう先から流れる汗を輝かせ夏のうねりの中を再び歩く。

 

バンコクについてまだ何もなしていないのに、これで明日にはもうクラビーだ。

 

島行きの準備が何一つできていないので、俺たちはカオサンでショッピングをすることにした。

 

未だリュックを持っていないタグッツォのためにまずはバッグ屋へ。

別になきゃないでいいや、といったある種の余裕すら漂い始めたこの男のために、俺は店主のおばちゃんを値切りに値切った。

 

旅のキャリアの差を見せ付けるためにも半端な値段で買うわけには行かない。

 

 「まけろ、まけるべきだ」

 「ノーマイフレンド!!コレ最後ノ値段ネ!!」

「いいや、お前はまだいけるよ、そういう目をしてる。」

「シンジャウヨ!!!コレイジョウハ!!」

 

グレート・ムタの「のどを掻っ切る」ポーズをするバッグ屋。俺も負けてられんとばかりに、

 

 「分かった。俺、実はサムライなんだ。コレはサムライにとって死を意味するんだが、仕方がないので特別に見せてやろう!!とくと拝め!!」

 

そう言い放ち、俺は地面に突っ伏した。ジャパニーズドゲザだ。

今にして思えば、なんでタグッツォのために、たったの300円のために、そばに立ってた白人にまで笑われるような真似をしたのか分からないが

俺ももう引くに引けなかったのだ。あと、ちょっと酔ってた。

 

店主のおばちゃんも半分以上は引いていたが、おかげで何とか言い値までまけてくれた。

 

「またな!乞食野郎!!」

 

そんな素敵な別れの挨拶をもらって、ひとまず買い物は終了した。

 

「なんだろ、なんか一つの素晴らしいライヴを見たような気分だったよ。」

メンバーが畏敬の念をこめて俺の買い物を評価した。これでタイでの買い物におけるイニシアチブは俺のものだ・・。

 

その後もおのおのTシャツなどを買うというので、俺は海賊版のコピーCD屋をひやかしながら一足先に宿に帰ることにした。

 

部屋にはすでに八雲が戻っていた。カオサンの印象などを聞きつつクーラーで体を冷やしていると、何者かが慌てて部屋に躍り込んできた。

 

タグッツォだった。

 

その顔は、今まで出会ったことのない種類の恐怖と戸惑いで引きつっていた。

 

 「・・どうした?親のセックスを見た小学生みてえな顔して・・」

 「オカマオカマオカマオカマオカマオカマ」

 「は?」

 「オカマ!オカマ!!オカマに逆ナンされた!!」

 

何を馬鹿な、と一笑に付してしまいたいところだが、生憎タグッツォはそんな下らない冗談を言う男ではない。

耳を澄ますと、ロビーのほうからこの状況を楽しむ何者かの爆笑が聞こえる・・。

 

 「で・・どうすんだ?」

 「どうって・・どうなんだろ?」

 「可愛かったの?」

 

八雲が好奇心のド真ん中へ放り込んだ。それ次第だ、これがラッキーな話なのかそうでないのかは。

 

 「まあ・・女の人の形はしてた。一発でオカマって分かるけど」

お前のようなババァがいるか!という北斗の拳の1シーンが脳裏をよぎった。幸運の星はまだ遥か闇の中らしい。

 

 「何でまたそんなことに・・」

「いや、なんか話しかけられて、急に。英語ワカンねえから適当にイェー、イェー言ってたら・・」

 

とりあえず頷く。海外で詐欺にあう典型的なマヌケ日本人のパターンだ。余りのアホさ加減に思わず左頬にチックが走った。

 

その時だった!「シュッ!」っという空気を切る音と共に、ドアの隙間から一枚の紙切れが放り込まれたのだ!

 

通学路の帰りにたまたま見つけた猫の死骸を眺めるかのように、一同呼吸を殺してその紙切れを見つめる。ロビーではまた誰かが爆笑しているようだ。

 

震える手でタグッツォが拾い上げ、なんて書いてあるんだ、と俺に渡してきた。そこには英語で。

 

「ハロー!わたしはヨーです。あなたとお友達になりたいの。214号室まで電話くれるかしら」

 

と書かれていた。この場合は女言葉で訳すのが正解だろう。一枚の紙切れが、部屋の中のすべての言葉を奪った。

 

瞬間、突然ドアノブがガチャリと音を立てた!