二月九日(その二)

 

  スチュワーデスと聞くと、容姿端麗で知的な雰囲気を思い浮かべる人が多いだろう。

しかし現実は、少なくともこのエア・インディアに関しては、その甘き幻想をシールを抜いた後のビックリマンチョコのように粉々に砕かれるであろう。ババアなのだ。全部。

俺が乗った便がたまたまそうだったのかもしれないが、とにかく愛想も悪い。「お茶?コーヒー?」と客にアゴで聞くのは何とかしろ。

その客を客とも思わぬ対応が何かに似ていると思い返すと、そうか、JR大塚南口天祖神社そばにあった駄菓子屋「ネモト」のババアにそっくりなんだ。

 

カップめんを買ったらお湯代を取られ、凍ったスモモを買った時は「凍らせ賃」までとられ

その中世荘園領主が如き搾取には当時子供ながら辟易としたものだった。

 

郷愁に浸りつつ俺はビールを一気に二本開けた。気圧の低いところで飲むと酒の周りが早いというが

なるほど、息もできないくらい動悸が激しくなってきやがった・・。

 

眠ったのか気絶したのか定かではないが、目を覚ましたらバンコクまで後1時間というところだった。

気流が荒いのか飛んでいる事それ自体がまぐれなのか、ボロ飛行機が揺れまくっている。

俺は神なんて信じたことはないが、着陸の瞬間思わず「神様」と呟いちゃったじゃないか。怖かったぜ。

 

機内で配られた入国許可証に名前を記入して飛行機を後にする。

 

途端、ムワッっとした熱気が体を包む。安物っぽいクーラーの音、匂い、ああ、南国に来たんだな、とむやみに踊る心を抑えられず

俺は思わずメンバーのもとに駆け寄った。

 

しかしパクチィ、朽犬はおろか、お台場がどこにあるのかすらロクに知らないような他のメンバーですら割とドライで

誰もキャーキャーはしゃいでいないのが少々拍子抜けだった。

初めての海外に来たというのに大宮の俺の家に来た時のほうがよっぽど「遠くに来て疲れた顔」をしていた様に思える。

 

酔っ払ってんのか?ここはタイだぜ?

挙句、早くいこうとせかす俺を尻目に「まだ入国書かいてないや」「俺も」というボンクラ揃い!

団体行動の煩わしさを到着と同時に味わえて逆によかったよ。ははは。

 

タイの懐は広い。世界の皆さんにタイの良さを知って欲しいということから、観光ビザはフリー。

つまり3ヶ月以内の滞在ならばパスポートさえあれば、ヤ○ザだろうがキ○ガイだろうが、yah○○!でそのキチガイ相手に電話業務をしていようがビザ無しで入国できるのだ。

 

イミグレーションをくぐり、ドル札を両替する。

万が一お金を盗難、紛失しても再発行できるようにとわざわざ成田で作ったトラベラーズチェック(旅行小切手)を

「これ全部変えればいいの?」という、全くシステムを理解していないタグッツォの発言に軽い蔑みを覚えつつ「ようこそタイへ」のゲートをくぐる。

 

エア・インディアの唯一いいところは、到着時間が丁度夕方17:00着という勝手のよさのみにある。

 

俺たちはゲートそばのインフォーメーションセンターへひとまず集まって、タクシーかバスか列車か、いずれの交通手段を使って市内へ移動するかを相談。

ちなみに俺は列車が大好きだ。

値段が安いのも勿論だが、ビールを飲みつつ車窓から眺める夕暮れの街並みは、語りきれないほどの贅沢だと思う。

溝口肇のチェロが思わず口を付くくらいだ。

 

ちょっと迷ったが丁度バスが来たのでバスで行くことに決める。

 

100バーツ払って夏場の西友のようにクーラーの聞いた車内に乗り込む。目的地はカオサン通りという、安い民宿が沢山あるドヤ街だ。

アメ横のような商店街が一本通っていて、その周りには民芸品、衣類、古本からコピーCD、でけえナイフ、ニセ学生証、薬(バイアグラ有マス)などの店がパンゲア大陸の様に一つになっている。出店なども多く、下町育ちの難民メンバーには毎日が縁日のような幸せな場所なのだ。

 

期待と、懐かしさに体を震わし、俺は履いていたコンバースを脱ぎ捨てた。

悟空が初めてクリリンとかけっこをしたときと同じ壊れ方をしていたので何の未練もなかった。

 

ふとメンバーを見渡すと、揃いも揃って未だに海外に来たという実感がミジンコほども湧いていない顔をしていた。

タグッツォに至っては外も見ずにいきなり眠り始める始末!

 

なに、旅はこれからさ。

 

窓の外に目をやるともう暗くなりかかっていた。