二月九日

 

「クソッ!!!また一発ツモかよ!!絶対ヒラで打ってねえよ!!」

思わず口をつく罵声が電車内に響き渡る。

横に座っている八雲に借りたゲームボーイの麻雀が余りに汚いせいだ。

俺にゲームを取られた八雲は引き換えに渡したマガジンを無言で読んでいる。

付き合いの長い俺と八雲にとっては別段変わった光景ではなかった。

 

ただ、今日の俺たちが乗っている電車はいつもの埼京線ではない。

そう!成田エクスプレスなのだ!

・・と言いたいところだがそうでもなく実際は新京成電鉄の鈍行で地味に日本の玄関を目指している。

金がなかったのさ、成エクって高いんだもの。

 

タイに行こう、難民みんなで行こう!そう決まったのがいつのことだったかは定かではない。ただ、俺と八雲に関して言えば、それはずっと昔の約束に遡る。]

 

八雲との出会いは俺が十九歳の頃のバイト先だった。

当時、場末の極みのようなビデオ屋で働いていた二人は、お互いマンガとゲーム好きと分かるやすぐに意気投合。

年上とは思えぬ八雲の穏やかで物静かな物腰に好感を持ったのと、友達が少ないという共通点も相まって、俺たちは急速に仲良くなった。

また仕事先も大変自由奔放で、店長がとにかく怒らないので九割は遊びに近いものだった。

客がいようがいまいが大声で話し、こんだけ遊んでるならもう良いだろうと、店の中でタバコを吸い、タバコが良いならと酒を飲み、酒が良いならとドリームキャストのバスフィッシングゲームを「釣り専用コントローラー」持参で店のテレビで遊んだところでやっとお咎めが入るぐらいだ。

たまに進んでする仕事といえば、およそ誰も見たことのないようなB級映画、「ティックス!巨大ダニの逆襲!」などのポップ(宣伝文)を書くことぐらいだった。

こうして、俺の人生の中でもおそらくダントツでラクに稼いだ金は、こともあろうか気付けば割と貯まっていたので、俺はタイへ旅行に行くことにした。

詳細はまたいずれ報告したいが、初めての一人旅はとにかく刺激的で楽しかった。

 

帰国して俺は八雲に一つのお土産をやった。それを手にした彼はあからさまに戸惑った表情で言った。

「・・何これ?」

「ういろうです。ドリアンういろう。割と高級品ですよ?」

「・・なんかドリアンの悪いところだけを抽出したような食い物だね、喰えるのかなあこれ・・タカシーノは喰ったの?」

「一口喰って、傍を歩いていたガキにやりました。そいつはムシャムシャ喰ってましたよ?」

・・じゃあせっかくだし、といって口に放り込むや否や、タンチョウヅルの様な声を上げてゴミ箱へ吐き出だす八雲。

「こ・・これ!!腐ってるでしょ!!」

せっかくのお土産を反古にされた俺は、肩を震わせて言った。

「失礼な!!それは最初からマズいんですよ!!!」

「最初からマズいって・・なぜそれをお土産に・・なんだろ、なんか去年間違って喰った、夏場の腐ったピラフと同じ匂いが口に広がったよ。」

その後も、友達だと思っていたのにこんな目に合わされるなんて心外だ、告訴ものだ

次に会うときは法廷だ、と権利ばかり主張する割にやたら性欲の強いアメリカ女のようにわめく八雲に向かって俺は言った。

「そんなに言うなら、いつか自分でタイに行って、新鮮なものを買って喰ってみると良いですよ!」

「ああ・・機会があればいつか必ず自分で試してみたいね。」

 

あれから6年・・こんな日が本当に来るなんてなあ。

感慨にふける間も無く、電車は国際線用第二ターミナル駅に滑り込んだ。到着後すぐにパクチィから携帯に電話が来る。

09:30、出国カウンター上のマックにて今回は時間通りに待ち合わせできましたね。はい。

早くもバルコニーで黄昏ている朽犬を見かけ、お前ん家の近所と景色変わらねえだろ?と千葉の辺境に勤める彼に挨拶代わりのフレンチなジョークを飛ばす。

微妙な笑顔を浮かべながら朽犬は「タグッツォとテケレツは?」と尋ねてきた。男同士で同棲している奇特な彼らは、二人してこちらに向かっているはずだが・・。

後ろでパクチィが「あ!きた」と口走った。彼の指さす方向へ目をやると、練習中には決して見せたことのない様な笑顔のテケレツとタグッツォが現れた。

いつも通りの軽装のタグッツォ、その手にはディスクユニオンのビニール袋だけが握られていた。

「よお!」

呆然とする一同に屈託なく呼びかけるタグッツォ。

「・・おいおい・・御茶ノ水に買い物行くんじゃねえんだぞ・・」

「だって向こうでなんでも揃うっていってたじゃない。」

「そうだけども・・せめてよ・・リュックくらい持って来いよ!」

「何でも揃うって・・」

「なあ、パスポートはどこに持ってんだ?」

パクチィと朽犬が心配そうに尋ねると、ニコリと笑って得意げにユニオンの袋の口を広げ、俺たちにのぞかせた。

パンツの上に無造作に突っ込まれたパスポートを見た時、こいつは死んでもいいやと逆に見切れてすっきりしたよ。ありがとう。

ともあれ、出国手続もつつがなく終わり、俺たちはAI(エア・インディア)402便に乗り込む。

タイまでの所要時間は約6時間弱。とうとう俺たちの初海外ツアーが幕を開けた。